相変わらずその遺跡は、その一部分が地中から露出していた。
風雨に晒されて崩れた外壁から、俺たちは侵入する。
遺跡に入り込んだ俺を迎えたのは、左右に伸びる石造りの回廊だった。
一方をちらりと確認すると、俺は一歩一歩足元を確かめながらもう一方へ通路を進んでいった。
外壁に穴が開いていたせいか、石畳や壁面には苔が生えている。
おかげで石畳に設けられたトラップを見抜くのが困難になっているが、問題は無い。
既に何度も調査した事のある遺跡だからだ。
むしろ、野良モンスターが住み着いている可能性がある。
「入り口付近には何もいなかったんだよな、マティ?」
『うん、次の角まで何もね』
俺の傍らをふわふわと浮かんで移動する少女、マティアータが俺の問いに応えた。
年の頃は俺と同じぐらいだが、彼女は衣服や髪はおろかその肌までが見事に真っ白だった。
そしてスカートの裾から覗くべき二本の足は、煙のようにぼんやりとした塊になっている。
そう、彼女はゴースト。即ち幽霊である。
彼女は俺が物心ついた頃から俺に取り付いており、なぜか自身に関する記憶を一切持っていなかった。
そこで俺は彼女の記憶を取り戻し、その魂を天に還すべく旅をしているのだ。
『あー、それとこの通路この先で左右に分かれてるけど、今度はどうする?』
「いつもと同じだ。二手に分かれよう」
前回と同じような段取りでの調査法を確認すると、俺たちは遺跡の奥へと歩んで行った。
二日前のことだった。
「月の三賢人?」
「あぁ」
久々に会った仕事仲介者の男は、遺跡調査の依頼を俺に斡旋した後、雑談の一環でその名を口にした。
「月の、って何のことだよ」
「知らん」
男は何の面白みも無い答えを返した。
「なんでも数年前にこの国の東の方の小さな村に突然住み着いた三人組らしくてな。村人の信頼を得るために色々やって見せたそうだ」
最近の依頼を束ねた紙束を整えながら、彼はそう続けた。
「へえ、色々ねぇ・・・モンスターでも退治して見せたのか?それとも雨乞いとか?」
その辺の魔術師でも出来そうなことを俺は挙げてみた。
恐らく連中の正体は、素朴な村人を騙す魔術師か何かなのだろう。
そう俺は踏んでいた。
「いんや。どうやら詐欺師じゃないらしい。俺の聞いた話じゃ、一度で井戸を掘り当てたそうだ」
「一度で!?」
普通井戸掘りというものは経験と勘が必要だ。
しかも井戸掘りの名人といえども、見知らぬ土地では一度で井戸を掘り当てるというのは不可能に近い。
その土地の精霊に水源のありかを聞き出さぬ限りは。
「そいつら、精霊と対話できるのか?」
「かもしれん」
精霊と対話できるレベルの高位の魔術師が、わざわざ辺境の村人を騙す理由が思いつかない。
「もしかしたらお前さんの幽霊とも会話できるかもな」
「だったら助かるんだけどね・・・」
「先立つものが無い、ってか?」
「ああ」
男の言葉に、俺は応じた。
方角ぐらいしか分からないような目的地に向かうには、それなりの準備が必要だ。
勿論道中で訪れた町で依頼をこなし、路銀を稼ぐという方法もある。
しかし、それでは目的地に着くまでいつまで掛かるか分からない。
だが、男は俺の沈んだ返答に笑みを浮かべると、手元の紙束から一枚の紙を取り出した。
「実は近いうちに東の方へ向かう隊商があるんだ」
そう言いながら彼は依頼書を俺に差し出してきた。
「今のうちなら何か理由をつけてでお前をねじ込めるが・・・どうする?」
「うーん・・・」
俺は低くうめいた。
確かにこれなら旅費も掛からず東へ行けるが、依頼書に示された金額は相場より低い。
これなら普通に道中で稼ぎながら東へ向かった方がましだ。
だが、俺にはマティがいた。
「・・・・・・よし、頼む」
「了解。荷物運びか何かでねじ込んでおく」
男は軽く笑みを浮かべると、依頼書に顔を伏せ何事かを記していった。
「ところでアルよ」
「何だ?」
「今もお前さんの幽霊とやらは見えてるのか?」
辺りを確認するが姿は見えない。
「いんや。多分散歩でもしてるんだろ」
「そうか・・・早く治るといいな」
その言葉に微かな憐れみを感じたが、気のせいだろう。
小さなランタンを掲げ、俺は淡々と通路を進んでいた。
遺跡の奥のためか苔などは生えておらず、むき出しの遺跡の壁が俺を挟んでいる。時折見える壁に穿たれた小さな穴は、照明器具を支えるためのものっ立ったのだろう。
既にマティとは分かれており、一人だった。
数度入ったことのある遺跡の上、手元には地図もあるため迷うことは無い。
それより恐ろしいのは、遺跡に住み着いた盗賊や崩落である。
崩落箇所や居住者を発見すれば褒賞は上がるが、出来れば勘弁したいところだった。
なぜなら俺は、腕に自信はほとんど無いのだ。
腰に下げている剣も威嚇といざとい
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