ゲートが開いて、数十年が経過した。
当初は細々であった人やものの行き来も、今ではそこそこ活発になった。
こちら側へ来る人間も、向こう側へと行く魔物娘も増え、向こうで魔物の姿を見る機会も多い。
しかし、向こう側へ行きたいと願う魔物のすべてが向こう側へいけるとは限らない。
それでも向こう側へのあこがれを抱く魔物や人は多いそこで、彼女らや彼らに向こうを経験した者が、その知識を伝える場所としてスクールが作られた。
向こうの文化風習や、向こうの言葉、あるいは向こうで見聞きした体験を人や魔物に伝える。
スクールは、向こうでの留学危険者が知識を還元する場として、そして向こうの情報を手軽に得られる場として、人気だった。
そして私も、スクールで知識の還元を行う者の一人だった。
「このように、サーティーンは必ずしも感情のない機械ではないということはわかったわね?」
教材からピックアップした事例を並べながら、私は教室を見回す。
並べられた二十の席のうち、十五が埋まっており、魔物や人間が私の方を見ていた。
「『白夜』しかり、『エバ』しかり、『アクシデンタル』しかり、サーティーンはその内に感情を抱え込み、時には表に出しているのよ」
「先生」
前列の席に腰を下ろしていたサキュバスが、手を挙げる。
「何?」
「確かに先生のおっしゃるとおり、感情が表に現れる場も多くありますけど・・・どちらかというと初期ばかりではないでしょうか?後期、から現在にかけてはほとんど出てないように思われますが・・・」
「確かにその通りよ」
サキュバスの指摘に、私は頷く。
「サーティーンが『ふふふ』と声を出して笑うのも、仕事の場を見られたにも関わらず明らかに目撃者を始末するのをためらうのも、初期の話ね。でも、表情を変えたり声に出したりするばかりが感情ではないわ。『・・・・・・』って六つの点の中にも・・・」
そこまで言ったところで、カランカランと鐘の音が響いた。
授業時間の終わりだ。
「時間ね。途中だけど今日はここでおしまい。表さずとも表に出ている感情については、来週話すわ」
私の言葉に、後列の生徒たちが教材本やノートを閉じる。
「まだ終わってないわよ。来週の予習として、『錆びた金』と『黄金の犬』と『災いなすもの』を読んできなさい」
そう言うと、ノートを閉じていた者たちは、慌てたようにノートを開いてメモを始めた。
毎週のことだから、いい加減学習すればいいのに。
「それと、何か質問は?」
「せんせーい!」
列の真ん中ほどに腰掛けていた男が、どこか楽しげに手を挙げる。
「サーティーンはいろんな女性と寝てますけど、先生はサーティーンみたいな男性が・・・」
「それは答えなければいけない質問?」
私の問いかけに、オークが口をつぐむ。
「私は、サーティーンを向こうの風習を学びつつ、感情表現などを学べる教材として使ってるだけで、彼自身には好きも嫌いもないわ。だから、私の個人的嗜好とサーティーンの間に関わりはあまりないの。いい?」
「は、はい・・・」
オークが、気まずそうに頷く。
「ほかに質問は?」
むろん、何もなかった。
「では、今日はこれでおしまい。解散」
私の一言に、生徒たちが立ち上がった。
言葉を交わす者や、さっさと教室を出て行く者、そして先ほどの授業の内容を振り返る者など、様々だった。
私は、折り目やしおりの挟み込まれた教材本と、授業用のノートを手に取ると、机の間を通り抜けて教室を後にした。
そして、魔物や人間の行き交う廊下を通り抜け、講師の控え室を目指す。
角を二つ曲がり、階段を下りる。すると途中の踊り場で、男と稲荷のカップルが抱き合い、唇を重ねていた。
通行を妨げないようにと言う配慮のつもりだろうか、二人は踊り場の隅にいたが、それでも往来のある場所で足を止めている時点で邪魔だった。
「・・・」
私は階段を下りつつ横目で男と稲荷を見、内心顔をしかめた。
ここ、スクールは向こうの知識を学ぶための場所だ。だというのに、こうしてほかの生徒の集中を乱すような輩がいて困る。
確かに、魔物娘は肉体の欲求に多少流されやすいという事実はある。
だが、私のように魔物でありながら、肉欲を御している者もいるのだ。
「・・・ふん」
踊り場で、二人の横を通り過ぎざまに、私は鼻を一つならした。
だが、二人には届かなかったようで、唇を重ね合わせたままだった。
全く。
内心ため息をつき、私は眼鏡の位置を直そうと手を目元に伸ばす。
視界に青い肌に包まれた私の手が入り、左右のレンズをつなぐツルを摘んで、軽く持ち上げた。
すこしだけぼやけているようにも見えていた視界が、ピントを結ぶ。
これでいい。
頭の裏から、稲荷と男の姿を消し去りながら、私は講師控え室に入った。
「戻りました」
控え室にいるであろう講師に向け、私はそう声を上
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