酒瓶を公園のごみ箱に放り込み、二人はジムに向けて歩きだした。
ジェイソンの呼気からは酒のにおいがしていたが、酔いは完全に醒めているようだった。
「それで・・・どんな試合を組むつもりなんだ?」
住宅の合間を抜けながら、ジェイソンが傍らを歩くドラゴンに尋ねた。
「いや、細かくは考えてないが、お前が現役だった頃の試合を参考にしようと思う」
「でも、人間の試合は地味なんだろ?」
「その辺は、演出やら打ち合わせで・・・」
「あのなあ」
ジェイソンはため息を吐いて続けた。
「確かに、俺たちの時代は試合前に打ち合わせで試合運びを決めていた。だがそれは、試合を盛り上げるための打ち合わせだったんだ。打ち合わせをしつつも、真剣試合に見せかけるため、俺たちはリングの上では本気だった」
「だから、お前の引退試合も・・・」
「今、そうやって本気で打ち合わせ済みの試合にでてくれるベテランレスラーがいるのか?」
「そ、それは・・・これから探せば・・・」
ジェイソンの問いに、ドラゴンは言葉を濁した。
「仮に乗ってくれるレスラーがいたとしても、今の時代人間同士の試合なんて、客は入らねえ。依頼主サマも、閑散とした客席の真ん中で、俺が引退試合をやっても、おもしろくないだろう?」
「まあ、確かに・・・」
もはや依頼主とドラゴンが同一人物であることは明らかだったが、ジェイソンのあえてそう表現した。
「しかし、それでは魔物相手の試合を組むことになるが・・・」
「ああ、そっちの方がいい」
ドラゴンの問いに、ジェイソンが頷く。
「勝っても負けても、それなりに絵にはなるからな」
「だったら、試合に応じてくれそうな魔物を見つけないとな」
「いや、もう目星はつけてある」
ジェイソンはそう、ドラゴンに答えた。
「オレと試合?」
練習用のリングの傍ら、天井からつるされていたサンドバッグに拳を振るっていたミノタウロスが、ジェイソンの申し出に目を丸くした。
「頼む。是非、お前さんとやり合いたいんだ」
「・・・・・・」
ドラゴンが複雑な表情を浮かべる傍ら、ジェイソンは重ねて、自分より一回りは背丈の大きいミノタウロスに頼み込んだ。
「ええと・・・そりゃ、あんたみたいに逞しい男から挑戦してもらえるのは嬉しいけど・・・でもオレ、もう旦那いるし・・・」
「いや、そういうのじゃない」
困ったように頬を掻くミノタウロスに、ドラゴンが口を開いた。
「プロポーズのための挑戦とかじゃなくて、単純にこの男と対戦してほしいだけなんだ」
「そうだ、『俺が勝ったら嫁になれ』とか言うつもりはない。俺の引退試合の、対戦相手をしてほしいだけなんだ」
「何だ、そうか・・・でも、どうしてオレなんだ?」
ドラゴンとジェイソンの言葉に、ミノタウロスは問いかけた。
「そこのドラゴンを相手にした方が、オレみたいな既婚を相手にするより実があるんじゃないのか?」
「確かに、このドラゴンに頼む方が楽だ。ただ、こいつは小さすぎる」
傍らのドラゴンに目を向けながら、彼は続けた。
「確かにドラゴンは強いかもしれないが、リング上で俺が二回りも小さいドラゴンを相手にしても、見栄えがしないだろう」
「それに私は魔物で、こいつは人間だ。引退試合で小柄な魔物に負けては、情けないだろう」
「それで、ガタイの立派なオレに声かけたってわけか・・・」
納得がいったように、ミノタウロスは頷いた。
「もちろんそれだけじゃない」
ミノタウロスに向け、ジェイソンは言葉を続ける。
「話に聞いたが、レスリングはもう魔物にとっても人気がなくなりつつあるそうだな」
「まあ、そうだな」
「だというのに、お前さんはジムに来てサンドバッグを相手にしている。既婚だというのに、だ」
「・・・なにが言いたい?」
「お前さん、試合をしたいんじゃないのか・・・?」
ミノタウロスの本心を推測しながら、ジェイソンは問いかけた。
「出会いがどうだったかは知らないが、お前さんは試合か力比べの末、今の旦那を手に入れた。だが、実はもっと誰かと戦いたいんじゃないのか?誰かと戦いたい、拳を振るいたいって欲求が溜まって、こうやってサンドバッグをブン殴ってごまかしてるんじゃないのか?」
「・・・ただの運動のためかもしれないぞ?」
「かも、な。ただ、ダイエットにしては、少々力がこもっていみたいだな」
「・・・・・・」
ミノタウロスは、ふうとため息を挟んで、続けた。
「確かに、オレは戦いたいんだ。もちろん、旦那のことは好きだ。それでも、それとは別に体が戦いたいって求めてるんだ。でも旦那がいるからほかの男を相手にはできないし、魔物に声かけてもスルーされる・・・」
彼女は言葉を切り、くるりとサンドバッグに向き直ると、拳を固めて思い切り革袋を殴りつけた。
「思い切りブン殴って、ブン殴り返されたい・・・!」
ぎしぎしと
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