(100)リリム

魔力に満ちた土地に、街があった。
明緑魔界に分類される、地上と変わりない青空の下、魔物たちの住む街があった。
大小様々な建物が建ち並び、通りや区画を形成している。
そして、住宅が軒を連ねる通りを、一人の女が歩いていた。
ボディラインを強調した衣装に身を包み、銀髪をうなじの辺りで切りそろえた、背筋が冷えるような美貌を備えた女だ。
大きな翼と尻尾を備え、銀髪の間から角をのぞかせるその姿はサキュバスに似ていたが、身に帯びる魔力は桁違いだった。
なぜなら彼女こそ、魔界を統べる魔王とその夫の愛の結晶の一つだからだ。
両親の力を受け継ぎ、成長するにつれてその重みを増していく魔力の塊。
魔王夫妻の次に畏怖と崇拝を受ける対象であるリリムだったが、街を歩く彼女に威厳というものはなかった。
足取りも軽く、どこか楽しげな表情で、彼女は住宅街の間を進んでいた。
やがて、彼女は一軒の家屋の前で足を止めた。
髪に手を触れ、衣服を見下ろし、身だしなみを簡単に整える。
そしてこほんと咳払いを一つ挟むと、彼女は拳を握ってドアを叩いた。
「はぁい・・・」
「おはよう、ベル」
扉を開き、若干屈みながら顔を出した、雲を突くような背丈のオーガに、リリムはそう挨拶した。
「おはようございます、ルーシャ様」
オーガは、リリムの訪問に驚いた様子もなく、にっこりとほほえんで頭を下げた。
「彼を迎えに来たのだけど・・・」
「はい、もう準備できてます。シュンー!」
オーガは玄関先で振り返ると、家の奥に向けて声を上げた。
「ルーシャお姉さんが、迎えに来たわよー!」
「はーい!」
喜びを含んだ高い声が響き、ぱたぱたと足音が続く。
そして、リリムがその場に腰を屈め、オーガが軽く体を寄せて道をあけると、玄関から小さな影が飛び出した。
「ルーシャお姉ちゃん!」
「おはよう、シュン」
玄関から飛び出し、勢いよく抱きついてきた少年を軽く抱き返しながら、ルーシャは上擦った声でそう返した。
「昨日は早く寝た?」
「うん!お姉ちゃんとお出かけするから、早くベッドに入ったよ!」
少年から体を離して問いかけると、彼はそう応じた。
ルーシャがちらりとオーガに視線を向けると、オーガはにこにこしながら頷いていた。
どうやら、本当に早寝したらしい。
「そう。だったら、一日いっぱいお出かけできるわね」
「うん!」
勢いよく、うれしげに少年が頷くと、ルーシャはそっと立ち上がった。
「ルーシャ様、今日一日よろしくお願いしますね」
「なに言ってるのよ。いつも私の方が世話になってるじゃない。お礼を言うのは私の方だわ」
「そんな、滅相もない・・・」
「ルーシャお姉ちゃん!」
オーガと言葉を交わすリリムに、少年が痺れを切らしたように声を上げた。
「はいはい・・・じゃあ、続きは帰ってからね」
「はい。行ってらっしゃいませ」
オーガが頭を下げると、ルーシャは少年の手を取った。
「じゃあ、行こうか」
「うん!」
二人は言葉を交わすと、歩きだした。



ルーシャは魔王夫妻の何十番目かの娘である。
だが、旦那も恋人もいない。
二十年ほど世界をさまよい、今も夫探しの旅をしているが見つからなかった。
最近は夫探しだけでなく、ふと見かけた恋の悩みを抱える男女を手助けしてみたりもしていたが、彼女自身の男事情については何の進展もなかった。
その日、ルーシャは角や尻尾を隠し、人間と変わらぬ衣服に身を包んで、街を歩いていた。
悩める人がいないか、誰かいい人がいないか、探すためだった。
「もし・・・」
道を歩いていると、不意に横から声がかけられた。
見ると、道ばたに小さなテーブルを出して腰掛けた女が、ルーシャに向けて手招きしていた。
「なにかしら?」
無視してもよかったが、占い師に対して興味を抱いたルーシャは、足を止めてそう応じた。
「あなた・・・人を捜してるね?」
ルーシャの顔を見ながら、占い師がそういう。
「まあ、探してると言えば、探してるわねえ」
人というものはおおむね、人を捜している。特定の誰かであったり、条件に合う人物であったりと様々だが、人を捜していることには変わりない。
もっともらしい口調で、ごく当たり前のことを尋ねる占い師に、ルーシャは内心苦笑した。
「・・・・・・・・・男だ」
占い師はじぃ、とルーシャの顔を見つめると、一言漏らした。
「男を捜している。だが、特定の誰かではない。優しくて、自分を愛してくれる、素敵な男・・・」
「・・・!」
占い師の並べた言葉に、ルーシャは内心動揺した。
「恋人か旦那・・・なるほど、あなた独身だね」
何か納得がいったように、占い師が頷いた。
「あなた、今のまま探し続けていると、一生旦那はできないよ」
「なにを・・・」
警告というより、もはや断言に近い物言いに、ルーシャは口答えしそうになった。
「実際そ
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