『狩猟者の一族と一ツ目巨人の頭骨』

先日、王都で友人と話をしていたところ、失業するかもしれないと泣きつかれた。
彼は死霊使いで、特に動物や魔物の骨を用いて、生きていた頃の姿を一時的に復元する魔術に秀でていた。
だが彼が言うには、使っていた魔物の骨が経年と共に劣化し、使い物にならなりつつあるらしい。
無論、動物だけでもどうにかなるとは言うのだが、彼の職業柄巨大な魔物が居た方が見栄えがいい。
しかし新たに骨を補充しようとも、周知の通り昨今の魔王の交代により魔物は姿を変えてしまい、彼の眼鏡にかなう骨格の持ち主は居ないという。
そこで、偉大なる生物学者として名を馳せる予定の僕に泣きついた、ということだ。
彼の所望した骨格はミノタウロス、サイクロプス、人食い鬼、ドラゴンのいずれかのものだった。
ここで並みの生物学者ならば、魔物の生息地を調べ、のこのこと出かけていくだろう。
だが、僕は違う。なぜなら僕には心強い味方がいるからだ。
そう、『西行紀行』である。
ジパングの旅行者が大陸の各地を巡り、書き記した奇々怪々な生物達の記録は眉唾物とされ、学会からは見向きもされていない。
だが、僕はその記録の多くが実在する魔物や生物の生態と一致していることを発見した。
そこで、僕は異国の古語で記された『西行紀行』を解読し、未だ見ぬ生物達の生息地を求めて、日々各地を巡っているのだ。
しかし、今回は普段とは違う目的で『西行紀行』の解読ノートのページを捲る。
やがて、僕の指は『西行紀行』第二巻の中ほどの記事で止まった。





『狩猟者の一族と一ツ目巨人の頭骨』
燃える水の沸く泉と砂に埋もれた石造りの街を後にして、十と八日が過ぎた。
石造りの街に一人で住んでいた犬の頭を被った女の話によると、この先の荒地には大さそりが出るという。
さそりどもに出会えば命はないため、六十日かけて荒地を迂回するよう彼女は我輩に勧めた。
無論、我輩には荒地を迂回する暇などなく、むしろ荒地に住むという大さそりの姿を見たいくらいである。
その旨を告げると彼女は、荒地の北方に住む狩猟者の一族のことを教えてくれた。
狩猟者の一族は、潮のように引いては広がる草地に住み、獅子をや象一とする猛獣を狩って暮らしているという。
彼女は我輩に、その一族はさそりから身を守る術を持っているため、荒地に入る前に彼らと会うといい、と助言を授けた。
そして、我輩が狩猟者の一族との取引が出来るように、と街のどこかから一振りの短刀を持ってきてくれたのだ。
短刀は非常に鋭く、頑丈そうな造りでありながらも軽く、このまま我輩が貰ってしまいたいほどだった。

我輩が彼女と別れて十と八日、即ち今日の昼、我輩は彼女の言っていた狩猟者の一族とであった。
狩猟者の一族は、異邦人たる我輩を警戒していた。
だが彼女の教えてくれた通りの作法で挨拶をし、短刀を貢物として捧げたところ、我輩を歓待してくれた。
そして我輩が荒地を安全に通り抜けたい、と伝えたところ、一族の長は若者二人を荒地を抜けるまで護衛として付ける、と申し出てくれたのだ。
その後は、客人たる我輩を交えての飲めや歌えの大宴会であった。
若い娘達の踊りに、男達の身体の傷とそれにまつわる武勇伝。
一族の者達が、我輩をもてなすためにそれらを疲労してくれたのだ。
とりわけ、我輩の目を引いたのは彼らの先祖達の武勇である。
狩猟者の一族は、己の手で狩ったなかで最も手ごわかった獣の牙や骨を生涯身につけるという。
そしてその戦利品は彼らの死後も、子々孫々に彼らの武勇伝と共に伝えられるそうだ。
長は先祖の身に着けていた品々を運ばせ、その一つ一つに宿る物語を我輩に聞かせてくれた。
無論、そのほとんどは獅子の牙や爪であったが、一つだけ異様なものが紛れていた。
一ツ目巨人の頭骨である。
若者が二人がかりで運んできたそれは、我輩の目には本物にしか見えなかった。
一族の長が言うには、この頭骨の持ち主を狩ったのは彼の祖父の祖父だそうだ。
一族の長の祖父の祖父は、振り回される棍棒と踏み降ろされる足を避け、岩のように硬い肌に矢を何本も打ち込み、ようやく一ツ目巨人を倒したらしい。
話だけならば笑い飛ばしていただろうが、我輩には眼前の頭骨を否定できるほどの度胸はないのだ。
もう二度と目にする機会は無いと思われるので、ここに出来る限り頭骨について記録しておく。




頭骨は上下に長く、立てれば我輩の胸ほどの大きさがある。
人のそれと比較すると、幅に比べていささか長い。
頭骨真ん中ほどには眼窩と思しき穴が穿たれており、その左右に耳に通じる穴が開いている。
上あごには平らな前歯が並んでおり、その両端から太く湾曲した長い牙が伸びていた。
牙の奥には発達した臼歯が生え揃っており、一ツ目巨人が本来は装飾であることを語っている。
残念ながら、下顎の骨やその他の骨
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