(98)サラマンダー

町外れの空き地で、サラマンダーと若い男が、剣を手に向かい合っていた。
二人とも手にしているのは、使い古された練習用の剣で、刃はつぶしてあった。
だが、二人の間に走る緊張感は、真剣を手にしているかのように重く、鋭かった。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
二人とも無言のままで向かい合い、ただ静かににらみ合っていた。
間合いを測り、タイミングを計り、機を図る。
しかし、サラマンダーが静かに男を見ているのに対し、男の方はかすかに震えていた。
不安と緊張のあまり、剣の切っ先が小さく揺れている。
「どうした?こないのか?」
サラマンダーが、尻尾の炎を揺らしながら、口を開いた。
「お見合いじゃないんだ。にらみ合いを続けるようなら、試合放棄と見なすぞ」
「い、いえ・・・今行きます・・・!」
サラマンダーの言葉に男は剣を握り直し、すうはあと呼吸を重ねた。
そしてその直後、彼は剣を上段に構え、口を開いた。
「つぇぇぇぁぁぁあああああっ!」
やたら気合いのこもった、裂帛のかけ声とともに、男の体が動く。
踏み込みは鋭く、一足飛びにサラマンダーとの距離が詰まる。
剣が振り上げられ、男の腕に力がこもり、一瞬シャツの袖からのぞく腕が膨れ上がる。
力と速度と重量を備えた、不可避に等しい一撃だ。
相対するのが初めてならば、という条件付きだが。
「ふ・・・」
サラマンダーは、小さく吐息を漏らすと、剣の切っ先を残したまま一歩だけ退いた。
サラマンダーの剣と、男の剣が触れ合い、上から下へと続いていた太刀筋が歪められた。
加えて、サラマンダー自身が身を引いていたため、男の一撃はむなしく空を切った。
「はっ・・・」
手応えがなかったことに、男の口から裂帛の雄叫びの名残とも、驚きの声ともつかぬ物が漏れ出た。
そして彼は反射的に、件を構え直すより先にサラマンダーの方を見た。
「はい、おしまい」
男の額を、サラマンダーの握った剣の腹が、軽くこづく。
「あ痛・・・!」
「あいた、じゃない。全く、何だ今のは・・・」
手合わせを終え、剣を腰の鞘に戻したサラマンダーが、男にぼやいた。
「間合いも太刀筋も丸見えで、かわされた時のことをまるで考えていない。『カウンターしろ』と言っているようなものだ」
「でも・・・速度はあったでしょう、先生・・・」
剣でこづかれた額を擦りながら、男がそう口答えをした。
「速かったな。だが、それだけだ。いくら速くても、どこに突っ込んでくるか見えてるのは、止まってるのと同じなんだよ」
「そんなあ・・・」
全身全霊での、全力の一撃をそう評価され、男はがっくりと肩を落とした。
「ただ、速かったのはほめてやる。その速さをもう少しだけ、太刀筋に活かしてやれば、もっとよくなるはずだ。さ、今日は終わりだ。飯にしよう」
彼女は男のそばに歩み寄り、軽く肩をたたいた。
「もっと、強くなれよ」
そう言う彼女の尻尾の炎は、メラメラと大きく燃えていた。



練習用の剣を腰に下げたまま、二人は食堂も兼ねた酒場に来ていた。
日が沈み、一日が終われば酔客が溢れるが、今のこの時間はまだ食堂として使われていた。
「全く・・・筋はいいのに、どうしてそう力の掛けどころがズレてるんだろうなあ?」
パンとスープに揚げ物のセット料理を平らげながら、サラマンダーが傍らに座る男に問いかけた。
「僕としては、常に全力でやってるつもりなんですけど・・・」
揚げ物を肉と野菜の炒め物に変えたほかは、サラマンダーと全く同じメニューを口に運びつつ、男が答える。
「その全力の掛けどころがおかしいんだよ。アタシが『もっと速く』って言ったら、お前は速さに100掛けるんだ。速さに80、フェイントに10、残りの10は防御ぐらいに割り振らないと」
「そんなこと言われても・・・先生を前にしてるだけで、一杯一杯なんですから」
男の泣き言に、サラマンダーはため息をついた。
「あのなあ・・・アタシとの手合わせは、あくまで練習だ。本当に剣と剣をぶつけ合うときどうするんだよ。敵さんは、アタシみたいに剣の腹で軽くぶつぐらいじゃ許してくれないぞ?」
「そう言われても・・・」
「それに・・・アタシに勝てなかったら、いつお前はアタシをもらってくれるんだよ」
最後の言葉は、男には届かなかったようだった。だが。
「へへへへ・・・」
二人の後ろから、低い笑い声が響いた。
「ん?」
会話に割り込んだ笑い声に、サラマンダーは怪訝な声を漏らしながら振り返った。
男とサラマンダーの後ろ、テーブル席には男が一人腰を下ろしていた。テーブルに軽く沿った鞘に収まる剣を立てかけているところを見ると、剣士のようだった。
「『いつもらってくれるんだ』・・・か、お熱いねえ・・・」
ニヤニヤと、男はサラマンダーを見ながら言った。
「なんだお前。人の話を盗み聞きしやがって」

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