(97)アルプ

電子音が鳴り響き、私は目を覚ました。
布団の中から手を伸ばして目覚ましを止め、起きあがる。
「うーん・・・!」
軽く伸びをして、寝ている間に固まっていた体をほぐす。
心地の良い目覚めだ。
私は起き上がり、部屋を出ると洗面所に向かった。
老化を進んでいると、台所から漂う味噌汁のおいしそうな香りが、私の鼻をくすぐった。
「おはよう、智花」
台所の方から、父さんがそう私を呼んだ。
「おはよう、父さん」
「もう少しで朝ご飯できるからな」
ワイシャツの上にエプロンをつけ、手にはお玉を持ったまま、父さんはそう私に言った。
「はーい」
私は父さんの言葉にそう応えると、洗面所に入った。
顔を洗い、髪に櫛を通し、身だしなみを整える。
最後に鏡でチェックしてから、洗面所を出てダイニングに入った。
食卓にはご飯と味噌汁、それに卵焼きが並んでおり、すでに父さんは朝食に箸をつけていた。
「お待たせ」
「ん、弁当はそこおいてるからな」
「ありがとう」
父さんの作ってくれた弁当を確認しつつ、私は食卓に着いた。
「いただきまーす」
軽く手を合わせ、箸とお椀を手に取る。
味噌汁を軽く啜ると、ほっとするような温もりが体内に広がった。
「あーおいし・・・」
「そりゃよかった。でも、智花の味噌汁にはかなわないけどな」
「またまたー」
父さんの言葉に、私は苦笑した。
父さんはそう卑下するが、実際のところ父さんの手際の良さには負ける。
今朝の朝食も、お弁当の準備をしながら作ったのだろう。
私が朝食を作ることもあるが、お弁当までは手が回らない。
「ん、卵焼きおいしー」
小皿に盛られた卵焼きを一切れ口に運び、私はそう漏らした。
「今日の卵焼きはどうだ?」
「うん、おいしいよ。お弁当が楽しみ」
「そうか。今日は少し塩加減を間違えたような気がしてな」
「そう?いつもと変わらないように思うけど・・・」
私は念のためもう一切れ卵焼きを取り、口に運んだ。
うん、いつもと変わらない、少しだけ甘いふわふわの卵焼きだ。
「んー、いつもと同じぐらいおいしい」
「それならいいんだ」
塩加減は勘違いだったと納得したのか、父さんは頷いた。
「ところで智花、今日の予定は覚えているか?」
「えーと・・・あ、夕ご飯は外で、だったね」
「そうだ」
私の返答に、父さんは頷いた。
「待ち合わせは、夕方の六時に、駅前だったよね?」
「ああ。前々から話してたと思うが、あまり恥ずかしくない格好で来いよ」
「大丈夫だって。去年の文化祭の時のメイド服、舞台衣装だったけど造りは本物と同じよ?」
「うーん、メイド服よりウェイトレスの方がよかったなあ」
私の冗談に、父さんはそう乗ってきた。
「ま、冗談はともかくとしてだ。学校の制服で、とはいわないがちゃんとした服装で来てくれよ?」
「うん、分かってる」
「その辺、頼むぞ?」
私にそう念押しすると、父さんは食卓を立った。
「ごちそうさま」
「後洗っとくからね」
「頼む」
父さんは自分の食器を台所の流しにおくと、ダイニングを出ていった。
そして、背広を羽織り、鞄を手にして戻ってきた。
「じゃあ行ってくるが、戸締まりもしっかりな」
「はーい。気をつけて行ってらっしゃい」
「行ってきます」
私の言葉を背に、父さんはダイニングを出て、玄関を開き出かけていった。
さて、私ものんびりしていられない。
急いで朝食を片づけると、私は食器を流しに運び、手早く洗った。
二人分の茶碗とお椀と小皿をすすぎ、塗れたままのそれを水切りかごに入れる。
このままにしておけば、夕方までには乾くだろう。
キッチンを出て、自分の部屋に戻り、制服に着替える。
急ぎつつも、変なしわやがつかないよう気を使い、鏡で全身を確認する。
「・・・よし」
私は一人そうつぶやくと、鞄を手に部屋を出て、家の中を回った。
窓の鍵はかかっているか。ガスの元栓はしまっているか。照明は切れているか。
一つずつ確認してリビングに入り、父さんが作ってくれたお弁当を鞄に入れる。
これで準備万端。後は出かけるだけだ。
私は見落としがないか脳裏で確認しながら、リビングの棚におかれた写真立てに目を向けた。
木枠の中、ガラスの向こうで、若い女性が微笑んでいた。
私に少しだけ似た、私より年上の女性。
「行ってきます、ママ」
写真の中で微笑むママにそう告げた。



玄関に鍵をかけ、遅刻をすることもなく私は学校に着き、いつも通り授業を受けた。
金曜日、週末と言うこともあって、昼休みともなるとクラスメートたちは皆どこか浮ついた雰囲気を醸し出していた。
「ねえ、今日の放課後、一緒に出かけない?」
一つの席に友人同士で集まり、一緒に昼食を取っていると、友人の一人がそう口を開いた。
「駅前に新しい服屋ができるらしいから、みんなで偵察にいこうよ」
「えー?オープンしてか
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