その日、山近くの集落に、御神輿がやってきた。
わっしょいわっしょい、と響くかわいらしい声に、住人たちは家屋から顔を出した。
鋼の眼帯で顔を覆ったサイクロプスと鍛冶屋の夫婦の前を、人間のそれより小さな御神輿が通っていく。
デュラハンと人間の夫婦の前を、日避け布で覆われたお神輿が通っていく。
雑貨屋の主人とゴブリンの前を、御輿を担ぐかつての仲間が通っていく。
そして御神輿は、並ぶ家屋の一軒の前で止まった。
「よぉい、しょーお!」
ゴブリンたちが声を合わせ、御輿を地面におろした。
そして、下手すれば数十体はいようかというゴブリンの間から一体が飛び出し、けたたましく玄関の扉を叩いた。
「お届けである!」
そう呼びかけるが、扉は閉まったままだった。
「でてこい!お届けである!」
ゴブリンが声を張り上げるが、扉が開く気配はなかった。
「留守かな?」
「寝てるんじゃないの?」
「引っ越ししたのかも」
御輿の周りのゴブリンたちが、そう言葉を交わす。
すると、扉を叩いていたゴブリンの表情に不安が宿った。
「・・・」
彼女はちらりと背後に目を向けると、布で隠された御神輿の上部を見た。
見ただけだったが、それだけでゴブリンの表情から不安がかき消える。「・・・!」
彼女は顔を正面に向けると、もう一度扉を叩いた。
「お届けである!いるのならば戸を開け!」
「あの・・・」
ゴブリンたちの横から、不意に声が響いた。
御輿の周りの一団はもちろん、扉を叩いていたゴブリンが顔を横に向けると、紙袋を抱えた若い男が困ったような顔で立っているのが見えた。
「あぁ・・・その家の住人だけど、何の用かな?」
外見こそ小柄な少女であるが、数十体という人数に圧倒されつつも、男はそうゴブリンたちに尋ねた。
「うむ、お届けである!」
男の問いかけに、玄関前に立っていたゴブリンが答えた。
「お届け?」
「我らがボスを、嫁として婿殿の下までお届けにきたのである!」
「は?嫁?婿?」
ゴブリンの口から飛び出した言葉に、男は目を白黒させた。
「者ども!御開帳!」
減感作期のゴブリンの言葉に、御輿の周りにいたゴブリンが、御輿にかけられた日除けの布に手をかけ、開いた。
布の下にいたのは、御輿に取り付けられたイスに座る、ほかのゴブリンとは明らかに違う姿のゴブリンだった。
頭から生える二本の角は、片方が妙に大きかった。
そしてほかのゴブリンたちと変わらぬ年頃に見えるというのに、その胸元には大きな膨らみがあった。
ゴブリンを統べるゴブリン。ホブゴブリンだった。
「・・・」
ホブゴブリンは静かにイスから立つと、ゆっくりと御輿から地面に降り立った。
ゴブリンたちは足早に移動すると、自分たちの長から男へと続く回廊を作るように整列した。
ホブゴブリンは、ゴブリンたちの作った回廊を、しずしずと歩き始めた。
「え、えーと・・・」
「コラ、じっとしていないか」
歩み寄ってくるホブゴブリンに、どうしたものかと男がうめくと、いつの間にか彼の側に立っていたゴブリンが、そう彼を窘めた。
「婿は花嫁の到着を待つのだ。略式だが、そわそわしていいという訳ではないぞ」
「いや、そういう風習だっていうのはわかるけど、何で俺・・・」
「それはボスが選・・・静かに!」
ゴブリンは言葉を切ると、姿勢を正した。
もうすぐ側にまでホブゴブリンが迫っていたからだ。
ホブゴブリンは、ゆっくりゆっくり男の前に歩み寄ると、立ち止まった。
「・・・お慕いしておりました」
ホブゴブリンの唇が開き、高く透き通った声が紡がれる。
「急に押し掛けて驚かれたかもしれませんが、どうか私をあなたの妻として下さい」
「え、えぇと、ね・・・」
男はホブゴブリンの言葉に、どうしたものかと考えようとした。
しかし、こうして側に立ち、見下ろしてみると、彼女の不釣り合いに大きな乳房が気になってしょうがなかった。
「はいと言ってうなづくのだ・・・!」
男の傍らに立つゴブリンが、小声で男をせかす。
男は、ゴブリンの明日からのこもった小さな声に、ハイと答えるほか選択肢がないことを悟った。断ったら、このゴブリン達に袋叩きにされかねない。
「は、はい・・・」
「・・・ありがとうございます・・・」
男の返答に、ホブゴブリンはにっこりと微笑んだ。
「リナ」
「はいボス」
彼女は、男の傍らに立つゴブリンに目を向けると、続けた。
「約束通り、私は嫁としてこの人の下でしばらく暮らします。その間、私に代わってゴブリン達をあなたに任せます」
「はいボス!任されました!」
ゴブリンは薄い胸を、拳で軽く叩いた。
「それではリナ、後のことは任せましたよ」
「はいボス!ボスもどうかお元気で!また来ます!」
ゴブリンはホブゴブリンに一礼すると、くるりと整列するゴブリン達に向き直った。
「よーし!山に戻るぞ!御
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