嘘か真か三賢人(後編)

エルンデルストを囲む山の一つにある、巨木を用いた家に俺は居た。
木製の、荒い手作りの家具に囲まれ、俺はエルフのティリアとテーブルを挟んでいる。
「あの日まで・・・私はそこらに居るエルフと何ら変わりはなかったわ」
彼女が微かな苦々しさの混じった口調で、そう言葉を紡ぎ始めた。
「人間を一方的に見下し、嫌い、こんな森の中で暮らして『自分は木々と会話が出来る』っていい気になってる、ただのエルフだったわ」
彼女の言葉には、過去の自分を告白することに対する微かな羞恥が滲んでいる。
「里を離れて一人暮らしをして、自分は他の連中とは違う、って思っていたけど本質は変わらなかったのよ。
馬鹿みたいでしょ?」
微かな苦笑いを浮かべ、やれやれ、とでも言うかのように小さく顔を左右に振りながら、彼女は自嘲した。
だが、彼女は急に口を閉ざすと、表情を消した。
「私が何を見たのか、口では表現しきれないかもしれないけど・・・聞いてちょうだい」
しばしの沈黙を挟み、ティリアは口を開いた。
「あの日あの時あの場所で・・・何が起こったかを」















十年前のあの夜、私は木々の囁きで目を覚ましたわ。
木々が囁くのよ・・・人が入ってきた、って。
エルフの里を出て、流れ流れてこの大木で暮らすようになって数十年。遥か眼下に見えていた小さな集落がそれなりに大きくなって、時折森の深くに人が入るようになった頃だったわ。
あの頃私は、エルフの縄張り意識みたいなのに従って、森に入ってくる人間を脅かして追い払っていたのよ。
そうしないと、木々の言葉も分からない下賎な人間どもによって森が焼き払われる、って信じ込んで・・・。
それで、その日も夜中に森に入ってくる人間を追い払うために、弓矢を持って家を出たの。
真っ暗な夜の森を、木々の声に従って走って走って、人間達を弓矢で狙える位置に陣取ったわけよ。
それで、枝葉の向こうに目を凝らすと明かりが見えたの。
真っ暗な森の中、木と木の間の空き地みたいなところに焚き火が一つ。
そして、その側に人影が三つと小さな壺が一つあったのよ。
無論私は、脅かして追い払ってやろうと弓に矢を番えたわ。
でも、三人の間ぐらいに狙いをつけたところで、ふと疑問が浮かんだの。
「こいつらは何をしてるんだろう」って。
木を切り倒すのなら昼間に来るだろうし、狩りにしては荷物が少なすぎるしで、目的が分からないのよ。
で、何をしようとしているのか知るため、しばらく様子を見ることにしたの。
三人は話をしながら、焚き火から少し離れたところの地面に、円を描いていたわ。
こう、十何歩かぐらいの大きさの、何の変哲もない円。
三人は円を描き終えると、服を脱ぎ始めたのよ。
上着から下着まで、一枚一枚丁寧に畳みながら、全部。
夜の森の中で誰も見ていない、ってのもあったかも知れないけれど、堂々とした脱ぎっぷりだったわ。
三人とも全裸になると、今度は置いてあった壺に手を突っ込んで、中身を身体に塗り始めたのよ。
壺の中身は油だったわ。
三人の手が自身の身体と壺を往復するたびに、身体がぬるぬるとした照り返しを帯びていくのよ。
揺れる焚き火の炎を受けて、三人の身体がぬらぬらと光を照り返してたわ。
それで、三人は全身に油を塗り終えると、今度は円の中に入ったの。
円の中央を挟むように二人が向かい合わせにかがんで、その側にもう一人が立つ、って体勢でね。
で、向かい合う二人がにらみ合って、もう一人の合図と同時に組み合ったのよ。
油でぬるぬるの身体で。
二人は互いの腰や背中に腕を回して、相手を引き倒そう押し倒そうと、押し合い圧し合いし始めたのよ。
勿論二人とも身体はおろか掌まで油塗れだから、力を込めてもぬるぬる滑ってしまって、押すどころか組み合うのがやっと見たいな状態だったわ。
でも、二人はうっかり滑ったりしないようがっちり組み合って、ぬるぬるぬるぬる滑りながらも押し合い圧し合い。
それを少しはなれたところで、三人目が見守る。
そんな緊張に満ちた三人の様子が、円の中にあったわ。

組み合う二人に動きがあったのは、しばらくしてからだったわ。
片方の相手を押そうとしていた手がぬるりと滑って、バランスを崩したのよ。
その瞬間もう一方がさっとその背中に手を引っ掛けて、自分の脇をくぐらせるようにして地面に引き倒したわ。
それで、一方が地面に倒れると同時に、三人目が高らかに手を掲げて声を上げたのよ。
詳しくははっきりと覚えていないけど、どちらが勝ったかを宣言するような内容だったわ。
そこまで見て、私はこれがある種の格闘技であることにようやく気が付いたわけよ。
で、勝った方と負けた方が向かい合って頭を下げておしまい、って思ったのよ。
でも、それで終わりじゃなかったわ。
審判役だった三人目と、負けた方が入れ替わ
[3]次へ
ページ移動[1 2 3 4]
[7]TOP [9]目次
[0]投票 [*]感想[#]メール登録
まろやか投稿小説ぐれーと Ver2.33