(84)スピリカ

街道の傍らに、小さな宿場町があった。
大きな町と町の間、夜を明かすにはちょうどいいというだけで栄えた、特産品があるわけでもない宿場町だ。
軒を連ねる宿屋の一つの酒場に、一人の男と一体の精霊がいた。杖を携えた男と、ウンディーネだ。
二人は八人掛けのテーブルの一角に、腰を下ろし、何かを待っているようだった。
すると、酒場の入り口で来客を知らせるベルが鳴り響いた。
男とウンディーネが入り口に目を向ける。そこに立っていたのは、刺繍の施されたマントを羽織り、杖を手にした男と、股間と胸元を燃え上がらせる赤髪の精霊だった。
イグニスを引き連れた男は、店員と二言三言交わすと、ウンディーネ達の座るテーブルに向かってきた。
すると、マントを羽織った男の姿にウンディーネが目を見開き、席に腰を下ろす男の顔をイグニスが凝視した。
「やあ、エド」
「久しぶりだな、ウェス」
ウンディーネを連れた男と、イグニスを連れた男、まるきり同じ顔の二人が、言葉を交わした。
「ショウとニルは・・・まだだな」
「うん、僕が一番だった」
ウンディーネを連れた男、ウェスがそう頷くと、イグニスを連れた男、エドは彼の向かいに腰を下ろした。
「・・・?・・・?」
「イグニスも座るといい」
パートナーとまるきり同じ顔の人物に、若干困惑する火の精霊に向け、エドはそう促した。
するとイグニスは、彼の隣の席に腰を下ろした。
「それで、何年ぶりだ?」
「えーと・・・三年ぶりだね、うん」
エドの問いにウェスは答えると、軽く頷いた。
「三年か・・・あっと言う間だったな」
「そうだね。特にウンディーネと契約してからは早かった」
「俺も、イグニスと出会ってからは早かったなあ」
しみじみとした様子で、二人はため息をついた。
すると、再び店の入り口でベルが鳴り響いた。
「いやー兄貴は変わってないなあ!実は三年前から直接ワープしてきたとか?」
「ならばこのシルフはどう説明する?」
イグニスとウンディーネが、聞き覚えのある声を交わしながら入ってきた客に目を向けると、表情を凍り付かせた。
店に入ってきた新たな四人、シルフとノームを引き連れた二人の男の顔が、パートナーのそれと完全に同じだったからだ。
「お、ウェスとエド!」
「久しぶりだな、二人とも」
困惑顔のノームと、不安げなシルフを連れた二人が、ウェスとエドの座るテーブルに歩いてきた。
「三年ぶりだね、ショウ」
「うむ。元気そうでなによりだ」
「ショウとはどこで合流したんだ、ニル?」
「ついさっき、店の外でだよ」
同じ顔の四人が、口々に言葉を交わしながら、一つのテーブルについた。
そしてそれぞれの傍らに、それぞれが契約している精霊が腰を下ろした。
男達の顔に浮かんでいるのは、懐かしさめいた表情で、精霊達の顔には戸惑いが浮かんでいた。
「さて・・・僕たち四人は久しぶりだけど、精霊達は初対面だと思う。だから、最初に自己紹介からしようと思うんだけど・・・」
「ああ、それはいいな!」
「俺も賛成だ」
「私も」
ウェスの提案にノームを連れた男が声を上げ、残る二人が頷いた。
「じゃあ僕から。僕はウェス。隣のウンディーネと契約している精霊使いだ。よろしく」
ウンディーネはウェスの言葉に、三人の同じ顔の男と三体の精霊に向け、小さく会釈した。
「俺はエドだ。こっちのイグニスと仲良くやらせてもらっている」
エドの紹介に、イグニスは照れくさそうに小さく頭を下げる。
「私はショウ。シルフの彼女と契約しているのだが・・・すまない、少し緊張しているらしい」
シルフはショウの袖をつかみ、三体の精霊とよく見知った三つの顔を見回していた。
「それじゃ、トリを勤めるのはオレ、ニルだ。こっちのノームと一緒に、あちこち回ってた。兄貴と全く同じ顔で新鮮味はないだろうけど、まあよろしくぅ」
微動だにしないノームを紹介して、ニルはそう締めくくった。
「これで、互いに名前もわかったね」
ウェスは精霊達を見回すと、続けた。
「もう気がついてるとは思うけど、僕たちは四つ子だ」
ウェスの言葉にエドが頷く。
「顔も同じで性格も同じ」
エドの言葉の途中で、ショウが割り込む。
「違うところと言えば」
「名前と口調ぐらいかーしらー?」
そして、ニルがそう締めた。
「うん、三年ぶりだというのに完璧だな」
「そりゃあ、なあ?」
「うむ」
「オレたち四つ子だもんな、ワハハ」
互いの顔を見ながら、四人は笑った。
服装と口調、そして座る位置が違うおかげで、どうにか区別が付いているが、ともすれば見分けがつかないほど、四人は似ていた。
「さて・・・久々に兄弟ジョークも炸裂したところで、本題に入りましょーか、っと」
ニルは笑い声を鎮めると、そう切り出した。
「兄貴達も話したとは思うけど、オレ達が旅を始めた理由は・・・聞いたかしらん?」
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