(84)ダークマター

油断していた。
地上の一角に突然出現した魔界の調査とはいえ、ごく小規模なものと舐めてかかるべきではなかった。
せいぜい魔術師が、大量の魔力を発生させてよからぬことをたくらんでいるのだろうと踏んでいたが、魔界化した村の中心にいたのは、黒い球体にまたがる少女だった。
村の女たちをサキュバスに、男たちをインキュバスに変え、村の広場で交わらせるのを、少女は黒い球体の上から眺めていた。
その瞳は興奮によって潤みと熱が宿っており、白い肌は桜色に紅潮していた。
無理もない。彼女の跨る球体から延びる幾本物触手が、彼女の体をまさぐっているからだ。
薄い胸の先端、桃色のつぼみを真っ黒な触手がくすぐり、闇色の髪の間に見え隠れするうなじから背筋を這い、広げられた両足の間で触手が小さな女陰を出入りしていた。
「あ、んん・・・」
サキュバスたちの嬌声と、インキュバスの呻きに混じって、少女の喘ぎ声が響く。小鳥のさえずりにもにた、美しい声だった。
一見すると、幼い少女が黒い球体から陵辱の限りを受けているようにも見えるが、私は彼女の正体を知っていた。
ダークマター。魔力をまき散らし、土地を汚染し、魔物を作り出す魔物。
生きて動く魔界と言っていいほどの魔物との遭遇に、私は村の家屋の陰から、様子を伺うことしかできなかった。
村の人口は数十名で、広場にはほぼ同人数のサキュバスとインキュバスがそろっている。
どうやら、村人が抵抗したり逃げたりする間もなく、辺り一帯の魔界化と村人の魔物化が行われたらしい。
ダークマターの秘めた力に、私は戦慄した。魔力から身を守る護符のおかげで私は影響を受けていないが、ダークマターに立ち向かえる自信はない。
とりあえず、この場を離れて帰還し、十分な戦力で挑まなければ。
私は広場の中央に目を向けたまま、ゆっくりと退いた。
だが、数歩進んだところで、私は地面に落ちていた枯れた小枝を踏んでしまった。
パキ、という乾いた音が響く。
「・・・?」
ダークマターが、周囲の元村人たちから私の方に目を向けた。しかし真っ黒な瞳が私の姿を捉えるより先に、私は建物の陰に身を隠した。
そのまま可能な限り足音を忍ばせながら、急いで積まれていた荷箱の陰に飛び込む。
すると、羽音とも声とも異なる、何かが震えるような音を立てながら、ダークマターが先ほどまで私のいた場所にやってきた。
「・・・?」
触手が少女の肌をこすり、濡れた音を立てながら、私の踏み折った小枝を見つめている。
そして、情欲にとろけた瞳で、黒い球体に跨る少女は左右を見た。
私は息を潜め、心臓の鼓動さえも落ち着かせながら、ダークマターが退くのを待った。
首から下げた護符を握りしめ、主審に祈りを捧げる。
すると、ダークマターの放つ魔力に抗うかのように、護符が熱を帯びていた。
どうかこのまま、やり過ごせますように・・・!
「・・・?」
ダークマターは気のせいだったかと判断したのか、その場で旋回して広場の方を向いた。そしてそのまま、再び何かが震えるような音を立てながら、空中を滑っていく。
助かった。私は護符を握りしめたまま、ほっと胸をなで下ろした。
だがその瞬間、手の中の護符が音を立ててひび割れた。
「っ!?」
「・・・!」
護符に走ったひびに、私は思わず息をのみ、その気配をダークマターが悟った。
彼女は私が隠れる荷箱まで一瞬で距離を詰めると、黒い球体から新たな触手を生やし、荷箱をなぎ払った。
「うわあああ!」
「くすくすくす・・・!」
箱の陰から姿を現した私に、ダークマターが笑みを浮かべる。
私は尻餅を付いたまま、ダークマターから逃れようとした。しかし、箱をなぎ払った触手が私の足首に絡み付き、引きずり寄せる。
その圧倒的な力に、私はなすすべもなく、黒い球体の下に無様に転がされることとなった。
「ああ・・・!」
「かくれんぼ・・・わたしの、かち・・・」
ダークマターが、震える私を見下ろしながら、途切れ途切れに言葉を紡ぐ。
「いっしょになろ・・・」
「や、やめて・・・!」
震える声で懇願するが、ダークマターは聞き入れなかった。
黒い球体の下部が左右に割れ、どす黒い触手のひしめく内側をさらす。
私の足に絡み付く触手も、球体の断面から生えているようだった。
ダークマターは球体ごとゆっくりと体を沈め、私の足を球体の中に引きずり込んでいった。
内側から生える触手が一本、また一本と足に絡み付き、私を引きずり込んでいく。
「うわあああ・・・!」
ズボン越しに足に絡み付き、得体の知れない粘液を布地にしみこませる触手の感触に、私は声を漏らした。
片手で護符を握りしめ、もう一方の手で地面を掻く。
しかし、ひび割れた護符を握ってもなにも起こらず、地面を掻く指は土を掘り返すばかりだった。
膝から太腿がダークマターの球体に飲み込まれ、やが
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