(83)ドラゴン

真っ白な四角いリングが、光を浴びて煌々と輝いていた。
リングの上にいるのは、ブーツと肌にフィットするパンツだけを身につけた男が二人。そしてリングを男に女に子供に老人に人に魔物にと、幅広い観客が取り囲み、口々に歓声と声援を上げていた。
「・・・!」
「・・・!」
観客の声はリング上の男の耳に届くが、その意味までは意識が及ばない。今、意識を向けるべきなのは観客ではなく、目の前の対戦相手だからだ。
対戦相手の大男は、男より頭一つ大きい。だが、これまでに男が幾度も打ち込んだ蹴りや張り手のダメージが蓄積しているためか、どこかふらふらと頼りない。
「ウォォオオオ!」
男は一つ吠えると姿勢を低くし、大男に向けて突進し、臆することなくぶつかった。
男の肩と大男の腹、肉と肉の激突する鈍い音が響き、大男の体が揺れる。
だが、大男の体が吹き飛ぶことはなかった。激突の瞬間、男が大男の肩と太股をがっちりつかんでいたからだ。
「!!」
大男は慌てたように男の手首をつかむが、もう遅い。
「ふん・・・!」
男はその場に屈み、首の後ろ、両肩の上に大男の体を引き落とした。
彼の両足に、二人分の体重が加わる。男は歯を食いしばると、全身に力を込めた。
すると、重量挙げの要領で、大男の体がゆっくりと持ち上げられていく。
「うぉ、おぉ!!」
大男は逃れようと手足をバタつかせた。重心が揺れ、ともすれば転倒しかねないほどバランスが危うくなるが、男は歯を食いしばりつつ堪えて、大男の体を持ち上げていく。
彼の背筋がまっすぐに伸び、屈められていた足を立てる。
そして、男の両腕の筋肉が一回り膨れ上がった瞬間、大男の体が彼の肩から浮かび上がった。
「・・・!・・・!・・・!」
リングに投げかけられる無数の声が、同じ調子で何事かを紡ぐ。
しかし、男の耳ではごうごうと血液の流れる音が響いており、全く聞こえていなかった。
そして、男はついに両腕をまっすぐに伸ばし、自分よりも遙かに重い大男を高々と持ち上げていた。
男の時間が、大男の時間が、観客の時間が、男の成し遂げた偉業に一瞬止まる。
直後、男は掲げた大男を、眼前のマットに向けて勢いよく振り落とした。
大男の体が加速され、男の手を放れた直後、衝撃を吸収するマットに沈む。
「がぁぁぁああああああッ!」
マットどころかリング全体、下手すれば会場全体が揺れるような衝撃と音が辺りに響き、大男の口から絶叫がほとばしる。
そして、倒れ伏したまま男の方に手を伸ばし、その手が力なく落ちた。
すると、リングの隅の方にいた、正装した犬のような耳をはやした女が倒れる大男のそばまで飛び出し、指を一本立てた。
「・・・!・・・!・・・!」
女が何事かを叫ぶのにあわせ、彼女が指を一本ずつ立てていく。
そして、その指が両手合わせて十本になった瞬間、男は両腕を掲げながら叫んだ。
「うぉぉぉぉぉおおおおお!」
彼の叫びに答えるように、観客が歓声を上げる。
そして、興奮によって蓋がされていた男の耳に、ようやく声が届いた。
「勝者、スマッシャージェイソン!」
「ジェイソン!ジェイソン!ジェイソン!」
試合の勝者を高らかに読み上げるアナウンスと、勝者の名を口をそろえて呼ぶ観客の声。
男の耳に最初に届いたのは、彼自身の名前だった。



リングを降り、簡単に医師の診察を受けてからシャワーを浴び、着替える。着替えると言っても普段着ではなく、試合用のパンツだ。
しかし彼が向かうのはリングではなかった。
「スマッシャージェイソンの登場です!」
アナウンスに従い、先ほど死闘を繰り広げた試合会場に足を踏み入れると、そこはだいぶ様変わりしていた。
リングは会場の隅に押しやられ、代わりにテーブルとイスが用意されている。
そして、イスを挟んだテーブルの向こうには、百人に及ぶ行列ができていた。
男は笑顔で行列に向けて手を振ると、用意されていたイスに腰を下ろした。
「それでは幸運なファンのみなさん、握手会を開始します」
司会の言葉に行列の間から歓声が上がった。
「ジェイソンさん、今日の重量落としも絶好調でしたね!」
「ハハハ、俺はいつでも絶好調だからな」
一人目の男の手を握りながら、彼は笑顔で返す。
「ジェイソンさん、これからもがんばってください!」
「おうよ!応援ありがとうな!」
二人目の女には、少しだけ手を握る力を弱めてやる。
「ジェイソン!何食べたらそんなに強くなるんだよ!」
「好き嫌いせず何でも食え!野菜もだぞ!」
生意気そうな子供にも、彼はそう答えてやる。
「ジェイソン!結婚してくれ!」
「悪いな!もう嫁さんがいるんだよ!勝利の女神って名前のな!」
褐色の頬を赤らめた、やや筋肉質な女(確か前にアマゾネスとか言っていた)の求婚にも、軽く返してやる。
「がんばってください!」
「応援してます!」
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