青い青い海の底、わたしは家からおへそより上を出して、上を見ていました。
銀色の海面には、大きな影が一つ浮かんでいます。
お船です。
「オラ!ちゃんと渦起こせよ!」
「沈められなかったら、分かってんだろうな!」
「うぅぅ・・・」
いつものように、スキュラさんたちに脅されながら、わたしは両手を上に向けました。
すこしだけあたりの海に力を込めると、わたしの中から何かがなくなっていきます。
そのかわり、ゆっくりと海水が動き始めました。最初は小さな水の流れです。ですけど、流れは少しずつあたりの海水を巻き込んで大きくなり、大きな大きな渦巻きになりました。
海面に浮かんでいたお船は、わたしの作った渦巻きに、くるくると回り始めました。
「よーし、そのままだ・・・」
「いいぞ、いいぞ・・・」
わたしの家の近くにいるスキュラさんたちが、くるくる回る船を見上げながら目を輝かせました。
そして、ついにお船がくるりとひっくり返りました。
船に積まれていたモノと一緒に、人が海の中に投げ出されます。
渦巻きに抵抗し、必死に海面にとどまろうとする人。渦に巻き込まれて、海底へ吸い込まれていく人。
そんな人たちの影に向かって、わたしの家のそばにいたスキュラさんたちが、一斉に泳ぎ出しました。
ゆっくりと沈んでくる人を抱きしめたり、海面でもがく人を職種で絡めたり、人を捕まえていきます。
「ありがとー、カリュディプスちゃん!」
「あんたもいい人見つかるといいわねー!」
人を捕まえたスキュラさんが、泳ぎながらわたしに手を振り、渦から離れていきました。
そして、泳ぐスキュラさんたちの姿が一つ、また一つと離れていき、諦めたように最後の何人かが渦を離れました。
後には、ゆっくり沈んでくる荷物と、海面に浮かぶ船と荷物ぐらいしかありません。
今日も、男の人は沈んできませんでした。
「うぅぅ・・・」
きゅぅぅ、と鳴るお腹に、わたしは泣きたくなりました。
カリュディプスの渦は、男の人を捕まえるためのものです。スキュラさんに旦那さんを用意するためのものじゃありません。
でも、でも。
「お腹すいたよ・・・」
また、海草で我慢しなければいけません。でも、もしかしたら今ひっくり返したお船から、何かいいものが沈んでくるかもしれません。
「何かないかなあ・・・」
わたしは海面の方を見上げました。
すると、渦が収まり、動きがゆっくりになった船の影から、大きな何かが沈んでくるのが見えました。
最初に見えたのは、太くて長い鎖。
そしてその上にくっついていたのは、男の人でした。
頭痛がする。そして息苦しい。気持ち悪い。
だが、一番耐え難かったのは、頭の中で響く声だった。
「ええか、ワシもこないなことするのはイヤなんや。やけどオジキの命令やからな、堪忍してな」
声だけで俺の目の前に、太った男の姿が浮かび上がる。太った男が背にしているのは大海原と青空に数人の手下で、俺とともに船に乗っているのが分かる。
そして、俺がいるのは船の縁だった。
足首を貫くフックの痛みさえもがよみがえってきた。
「幸いなことに、ワシの仕事はお前を海に突き落とすことやない、確かめることや」
太った男は、俺の痛みにもかまうことなく、大仰な調子で続けた。
「お前がお利口さんやったら、助けたる。アホやったら、この鎖を海にザブンでバイナラ、や」
その言葉に、俺は足首を貫くフックの先に、長く太い鎖が続いていることを思い出した。
この長さと太さでは、鎖を船の縁から海に落とされれば、引きずられて俺も海に落ちる。
「お前が賢いかどうかは、ワシが出すお題によって確かめる。ワシの出すお題に、四秒以内に六文字で答えて、ワシを笑わせられればセーフや。ええな?」
「は、はい・・・」
俺の口がかって動き、震える声でそう紡いだ。
「よし、はじめよか」
太った男は、両目を閉じ眉間に皺を寄せると、数秒の間をおいて続けた。
「お前は、巨乳に代わる画期的なデカ乳の呼び名を思いついた。それは何や?」
「・・・・・・ブラストボム!」
三秒考えての返答だった。
だが、太った男は薬とも笑わず、鎖に手を伸ばした。
「バイナラ」
だが、男の手が鎖にふれる寸前、船の乗組員が声を上げた。
「イナさん!海の様子が変です!」
「どうした、鯨でもでたか?」
「違います!渦潮です!」
太った男が面倒くさそうに答えるが、乗組員の声には妙な気迫が宿っていた。
「このままじゃ飲まれます!」
乗組員がそういった瞬間、船が傾き始めたのに俺は気がついた。
俺はとっさに船の縁に飛びつくと、両手両足で材木にしがみついた。
「貴様!アホウ!これから海にぼちゃんなのに、ンなことして何に」
「イナさん!早く何か丈夫なものにしがみついて!」
船員が、俺に向けて怒鳴る太った男に言うと同時に、甲板においてあった樽が、
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