(78)ギルタブリル

宿の一室に入り、荷物を置くと僕は伸びをした。
一日歩き回った疲れが、筋肉が伸びる心地よい痛みとともに解れていく。
仕事柄旅慣れているが、この一時は旅の楽しみの一つだ。
「ふふ、お疲れさまでした」
遅れて部屋に入ってきた連れが、僕に向けてそう言う。
掲げていた両腕を下ろし、振り返ると、褐色の肌に金髪の女が、僕に向けて微笑んでいた。
「確かに疲れたけど、今日は楽しかったよ」
「まるでいつもの旅行が、そう楽しくないみたいですね」
「そりゃあ、いつもの旅は仕事だからね」
そう、今日の旅行はいつもと違う。
「今日と明日はせっかくの新婚旅行だから、たっぷり楽しまないとね、ユーシカ」
「それなら、早いところお風呂をすませて、明日の予定を確かめましょうか、先生」
僕の助手だったユーシカは、そう微笑んだ。



生物学者の僕は『西行紀行』という本を携え、助手のユーシカとともに、未だ発見されていない動物や魔物を求めて世界各地を巡った。
ある時は群生するユニコーンを求めてサイを見つけたり、ある時は旧種サイクロプスの骨格を求めて象の骨を持ち帰ったりと、いろいろなことがあった。
しかしついに、僕たちは大陸北部、海と氷に隔てられた極北の地において、氷上居住者の間でも伝説でしかなかった極北ペンギンを見つけたのだ。
凶暴で巨大な極北ペンギンの探索は長期にわたり、襲いかかってきた極北ペンギンとの死闘は激しかった。
どれほどかというと、僕はその長い足で蹴りとばされ、しばらく生死の境をさまよったほどだ。
しかし、ユーシカはどうにか極北ペンギンをしとめ、その亡骸の腹を捌いて僕を詰め込み、一人氷上居住者の集落まで連れ帰ってくれた。
おかげで僕は一命を取り留め、極北ペンギンとともに大事なものを取り戻すこともできた。
その後、僕は極北ペンギンの剥製と骨格標本を携えて王都に帰還し、生物学会で大々的に発表したのだ。
当初は、そのダチョウにも似た姿から、極北ペンギンはまがい物だとさげすまれた。
しかし友人の死霊術士が、骨格標本にその場で仮初めの命を吹き込んで、学会会場を地獄に落としてから僕の発見は認められた。
子供の頃からの、偉大な生物学者になる、という夢が叶ったのだ。
だが、僕にはその夢よりも大事なことがあった。助手のユーシカだ。
学者と助手という関係を続けるうち、僕は彼女に対していつしか特別な感情を抱き、極北ペンギンとの一件を通じて決心したのだ。
学会の後、僕はユーシカに向かい、プロポーズをした。
彼女は一瞬驚いたようだったが、僕の言葉に頷いてくれた。
それから、僕たちは結婚式を挙げ、新婚旅行に出ているのだった。



「はあぁ・・・」
柔らかなベッドに身を放り、ため息めいた深呼吸をする。
入浴して温まった体は、このまま眠ってしまいたいと僕の意識に訴えていた。
しかし、眠るわけにはいかない。まだ、ユーシカが入浴しているからだ。
部屋の浴室からは水音が響いているため、彼女が風呂から上がるのはもう少し後だと分かる。
そして彼女が風呂から上がったら・・・
「・・・・・・」
僕は、ごくりとのどを鳴らしてつばを飲み込んだ。
手にはじんわりと汗がにじんでおり、緊張しているのが分かる。
無理もない、一糸まとわぬユーシカが、少し先の扉一枚向こうで入浴しているのだ。
学者と助手という間柄で旅行の機会も多かったため、多少彼女の裸体を事故的に見たことはある。
だが、これからは夫婦として過ごすので、必然的に裸と裸のつきあいをこなさなければならないのだ。まずは、今僕が横たわっているベッドの上でだ。
うん。妙に親しかっただけに、一体なにをどうすればいいのか、思いつかない。
どんな言葉をかけようか、どういう風に触れてやろうか、などと考えているうち、僕の耳を浴室の扉が開く音が打った。
どうやら、思ったより長く考え込んでしまっていたらしい。
「上がり、ました・・・」
バスローブを羽織ったユーシカが、どこかぎこちない口調で部屋に戻ってくる。
「あ、ああ・・・こっちへ・・・」
僕は飛び跳ねるように身を起こすと、ベッドの片側に彼女を招いた。
「はい・・・」
ユーシカは、バスローブの裾から伸びるすらりとした褐色の足を操り、僕の傍らにそっと腰を下ろした。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
そしてそのまま、僕たちは無言で身を強ばらせていた。
何か言わないと。そう、このままでは朝になってしまう。
「あの、先生・・・」
「ああ、ユーシカ・・・」
ほぼ同時に彼女と僕が口を開き、動きを止めた。
「あ・・・先生からどうぞ・・・」
「いや、ユーシカが先だったから・・・」
「いえ・・・わたしのはどうでもいい話ですから、先生どうぞ・・・」
「じゃあ・・・ユーシカ」
僕は咳払いを一つ挟んでから、続けた。
「その、両足元に戻した方が、リ
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