(77)ユニコーン

魔物と人が共存する町。その一角、商店が建ち並ぶ通りを、一組の男と魔物が歩いていた。
荷物の詰まった袋を両手に下げる男と、四本の脚を地面についたケンタウロス種の魔物だった。
白い肌に、淡い色合いの金髪。そして額から延びる一本の角。魔物は、ユニコーンだった。
「だから、私が持ちますよ?」
「大丈夫だって。女の子に重いものは持たせるなんて、男として失格だろ?」
馬体に載せた荷物用の鞍を示しながらのユニコーンの言葉に、男が応える。
「それに、赤ちゃんできたら、あんまり重いものを載せられないだろ?」
「そ、そうですけど・・・」
赤ちゃん、という言葉が男の口から飛び出し、ユニコーンは口ごもった。
そしてかすかに恥ずかしそうに、通りを行き交う他の人や魔物の様子をうかがう。
「今の内から僕が練習しておかないと」
「で、でも・・・今は大丈夫ですから・・・」
「僕たちが気がついていないだけで、もういるかもしれないよ?」
「え・・・?」
男の一言に、ユニコーンが目を見開く。
「ほら、先月とか、結構激しかった」
「や、やめてください!外ですよ!?」
あらぬことを口走ろうとする男の口を押さえながら、ユニコーンが声を上げる。
「えー?でも、もし本当に赤ちゃんがお腹に」
「わかりました!わかりました!荷物は任せますから!」
ユニコーンの手をのけながら、なおも夫婦生活と妊娠について語ろうとする男に、彼女はついに折れた。
「うん、それでいい」
「もう・・・」
夫婦のやりとりを耳にしていた周囲の通行人がクスクスと笑い、ユニコーンは頬を赤らめて顔を伏せた。
やがて二人は商店街を抜けて住宅地に入った。
今夜はなにが食べたいだの、今度はどこに出かけようだのを繰り返しながら、一軒の家に入っていった。
「ただいま、と」
「おかえりなさい」
男が声を上げながら玄関をくぐると、後に続いたユニコーンがそう返した。
「さーて、買ったものは食料庫でいい?」
「あ、それなら私が片づけておきます。代わりに、お風呂の掃除をお願いします」
「分かった」
男はユニコーンとともに台所に向かい、調理台の上に提げていた袋をおいた。
「で、風呂はどうする?」
「今日はお買い物で汗かきましたし、もう入っちゃいましょうか」
「じゃあ、準備ができたら呼ぶから」
「分かりました」
ユニコーンがにっこりほほえんでうなづくのを見届けると、男は風呂場へ向かった。



数十分後、男は浴室の掃除を終え、風呂を沸かす準備をしていた。
浴室はユニコーンが入っても楽に身動きがとれるほど広く、掃除のしがいがあった。
男の働きによりピカピカになった浴槽には水が張られており、風呂窯で起こしている火によって徐々に湯に変わりつつあった。
「んー・・・こんなものかな」
浴槽の湯をかき混ぜ、軽く手を差し入れると、じんわりとした温もりが感じられた。
もうそろそろ入れそうだが、冷める分を見越してもうしばし火を焚いておこうか。
「準備できたよー」
ユニコーンが風呂の準備にかかる時間を考え、男は先に彼女を呼んだ。
「はーい」
「もうちょっと沸かしておくから、ゆっくりでいいよー」
「はーい」
ユニコーンはそうやりとりを交わすと、ごそごそと準備を始めたようだった。
男は浴室を出て風呂窯に向かい、火の様子を見る。
薪の火はだいぶ弱まっており、もう少し風呂を温めるには足りなさそうだ。だが、大きな薪をつっこむほどではない。
男は傍らに積まれた薪を眺め、適当な木片を探した。
すると、浴室の扉が音を立てて開くのが響いた。
「あら?あなた?」
「ああ、こっちこっち。もう少し沸かしてから入るから」
ユニコーンの戸惑いの声に、男はすぐに浴室に向けて声をかけた。
「それでは、お先に失礼しますね」
浴室の壁に刻まれた、湯気を逃がすための穴からユニコーンの陰が揺れるのが見えた。
遅れて、浴槽の湯を桶に取り、体に浴びせる音が響いた。
「んーコレにするか」
男は、薪の中から適当な大きさの一本を選ぶと、風呂窯の火の中にそっと入れた。
軽く火かき棒で位置を整え、薪が燃え上がるのを確認する。
この規模の炎なら、風呂の湯が程良く温まったところで消えるだろう。男はそう踏むと、風呂窯近辺に燃えるものがないことを確かめ、風呂窯の前を離れた。
そして、脱衣所に向かって衣服を脱ぐと、彼は浴室の扉の前に立った。
「入るよー」
ユニコーンを驚かさぬよう、一声かけてから扉を開く。
すると、ユニコーンが脚を畳んで浴槽の隣に馬体を下ろし、頭を洗っていた。
「あ、お風呂の準備ありがとうございました。いい湯加減ですよ、あなた」
淡い金色の髪を泡で包み、白い角を泡の間から覗かせながら、ユニコーンが男に顔を向ける。
ただし、その両目はしっかりと閉ざされていた。
「ん、ちょうどよかったな。頭をすすごう」
「あ
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