(75)ヴァンパイア

(1)邂逅
旅人が一人町を離れ、小高い丘を登っていく。
鬱蒼と生い茂る木々の合間は暗く、夕方とはいえまだ明るい時刻だというのに、夜のようであった。
木々の間に刻まれた道はか細く、気をつけなければ森に迷い込んでしまうだろう。
だが、旅人にとっては、森に迷い込んだところで何の問題もなかった。
目指す先は丘の頂にある屋敷であり、道を外れても斜面を登ればたどり着けるからだ。
帽子を目深にかぶり、マントを羽織った旅人は、一歩一歩着実に足を進めていった。
やがて、木々の合間を抜け、切り開かれた丘の頂にたどり着く。
丘の頂上には屋敷が旅人を待ちかまえており、夕日によって赤く染め上げられていた。
まるで、屋敷が血を被ったようだった。
『先代領主様にはよくしていただきましたが・・・』
丘の麓の町で、人々から聞いた話を思い返しながら、旅人は顔を上げた。
帽子の下にあったのは、短い金髪と女の整った顔だった。
その表情には、懐かしさと険しさが同居している。
彼女はしばし屋敷を見上げると、足を進めた。
やがて屋敷の玄関に至り、彼女の握り拳が扉を叩いた。板を打つ音が、屋敷の内外に響く。
「はい・・・」
しばしの間をおいて、扉が薄く開き、男が一人顔を覗かせた。
「突然お邪魔してすまない。先代領主に金を借りていた者だが、返済にきたんだ」
彼女はそう出任せを口にした。だが、金を借りにきたならまだしも、返しにきたという者を無碍に追い返す輩はいないだろう。
「・・・・・・・・・かしこまりました、どうぞ」
男は彼女の姿を上から下まで確認すると、扉を大きく開いて招いた。
彼女は、屋敷の中に足を踏み入れた。
最初に女を迎えたのは、埃の香りだった。
それもそのはず、掃除が行き届いていないのか、エントランスホールの家具には布がかけられ、床には薄く埃が積もっていた。
「こちらへどうぞ」
広間を抜け、廊下を進み、客間に通される。
男は、並べられていたソファの布をとりのけると、彼女に座るよう言った。
布のおかげで埃はないものの、やはりあまり掃除の行き届いていない部屋特有の臭いがする。
「ただいま主人を呼んで参ります。しばしお待ちください」
「分かった」
彼女が頷くと、男は客間を出ていった。
女は目を閉ざし、廊下を男の足音が離れていくのを聞くと、立ち上がり窓に向かった。
窓に下ろされている分厚いカーテンをめくるが、光は射し込まない。窓の外から板が打ち付けられているからだ。
「やっぱり、ね・・・」
木々の合間を抜けて見た屋敷の様子と、客間の様子。その二つから、女はこの屋敷の主の正体に予想がついた。
「お待たせしました」
窓のそばからソファに戻り、しばし待っていると、男が扉を開いた。
彼は盆を手にしており、その上にはティーセットとポットが乗っている。
そして男の背後に、もう一人分の気配があった。
「主人をお連れしました」
男に続いて部屋に入ってきたのは、黒いドレスをまとった金髪の美女だった。
背中の半ばに届くほどのさらさらとした金の長髪に、白くすべすべした肌、赤い唇は見るものの背筋を震え上がらせるような、単純な美貌とは異なる何かをその内に抱えていた。
ドレスに包まれた体に目を向ければ、最初に目に飛び込むのは胸元を押し上げる大きな膨らみだろう。そしてきゅっと引き締まった腹に続き、大きく膨れたスカートが彼女の腰から下を隠している。
スカートの膨らみと相まって、彼女の見事な体型が強調されていた。
だが旅人の顔を見ると同時に、屋敷の主人の表情に険しい者が宿った。
「ヴァニ・・・」
「久しぶり、姉さん」
屋敷の主人が旅人の名を口にすると同時に、旅人はそう応えた。
「姉さん?」
ティーカップをテーブルに並べ、茶を注いでいた男が、旅人の言葉を繰り返した。
「ああ、こいつは私の双子の妹だ・・・」
「道理でどこか似た雰囲気だったのですね」
納得がいったように、男が頷く。
「でもお客様は、夕日の中を堂々と歩いてらっしゃいましたよ。ご主人と違って」
「それはそうだ、この女・・・」
「私はダンピールだから、ヴァンパイアの姉さんと違って、日の下も歩けるのよ」
女主人が言うよりも先に、旅人はそう自身と姉について説明した。
「ヴァンパイアとダンピールの双子?そんなことが・・・」
「あり得ない、と言いたいだろうが事実だ。私とこいつが二卵性の双子で、父君が母君と交わっている最中にインキュバス化したから・・・」
「ご主人、お客様の前です」
「うむ」
男の言葉に、ヴァンパイアは口をつぐんだ。
「それでヴァニ、用件は何だ?先代領主への返済にきたと聞いたが・・・」
「そのままの意味だよ。姉さんを一人残して、家を飛び出したおわびをしにきたんだ」
「何の話だ?」
妹の話の意図が見えない、といった様子で、女主人は首を傾げた。
「その
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