(70)スフィンクス

遺跡の入り口、人一人がようやく通れるほどの穴の前に、台座があった。
石造りの台座の上には、褐色の肌に猫のような手足と耳をはやした女が、一人しゃがみ込んでいた。
「畑に行くときは一人、帰ってくるときは何十人。なーんだ?」
「畑にまいたトウモロコシと、収穫したときの粒だ」
女は、ややツリ気味の目を一瞬見開くと、唇を尖らせた。
「・・・・・・ブブー」
「ええー!?」
少しの間をおいての、不正解を意味する彼女の言葉に、男が抗議の声を上げた。
「何でだよ!正解は何だよ!」
「ふふふー正解はねー」
「麦とか豆とか、畑に蒔いて収穫するものだったら正解扱いだぞ」
男の言葉に、女は口をつぐんだ。
「せ・・・」
「せ?」
「正解は・・・『昼飯時を伝えにいく監督と、畑から出てくる奴隷』でした」
額に汗を浮かべながらの女の言葉に、男は眼を細めた。
「今考えただろ」
「違う。サハラに古くより伝わる偉大なる知恵比べの問答の一つよ!ほら、ふつうに奴隷とか出てくるあたり、それっぽいじゃない?」
「昔のサハラには、昼休憩もそれを伝えにいく監督もいたのかー、へー」
「はは、はははは・・・先進的でしょう・・・」
まるきり信じていない様子の男に、彼女はドギマギしつつも胸を張った。
黒い布に押し込められた二つの肉の玉が、小さく揺れる。
「正直に言え、嘘だろう」
「ふーふーふふーん」
問いつめる男に、女は視線を逸らして、口笛を吹いた。
「仕方ない、アヌビスさんに聞いてみようか」
「嘘でしたー!ごめんなさいー!」
女の上司の名前に、彼女はがばと台座の上で頭を下げる。
「正解したんなら、ちゃんとそう言ってくれよ・・・」
「だって・・・一度ぐらい問いかけで勝たないと、スフィンクスとしてどうかと・・・」
ぐずぐずと、涙混じりの声で彼女、遺跡を守る魔物、スフィンクスは言い訳した。
本来ならば問答には魔力と呪いが込められており、不正解の場合には解答者に、正解ならば出題者にそれらが降り懸かるようにできている。
だが、男もスフィンクスも、呪いの『の』の字の影響すら受けた様子はなかった。
「だったら、勝てそうな問題出せよ・・・」
「その勝てそうな問題出して、あなたに即座に返り討ちにあったじゃないの!」
声を上げながら顔を上げると、彼女は涙をにじませたツリ目で男をにらんだ。
半年以上前、この小さな小さな遺跡を訪れた男が、一人で遺跡を守っていた彼女の問いかけに答えてから、この関係は始まったのだ。
「いやー、でも・・・今更『朝は四本、昼は二本、夜は三本』って問題がくるだなんて・・・」
「その後よ!何で『ならば猿が杖を突いて歩くようになれば、それは人間か?』になんて答えたか覚えてる!?」
「あー・・・」
当時のことを思い返した。
「『猿のように振る舞えばそれは猿。人のように振る舞えばそれは人。猿と人を隔てるのは、その振る舞いだ』だっけか?」
「本当なら適当に理由付けて不正解にするつもりだったのに、ふつうに感心して正解になったじゃないの!」
「いや、それ感心したお前が悪いよね?」
男としては、ごくごく当たり前のことを言ったつもりなのに、問いかけに込めた呪いが降り懸かった彼女は実際のところ自業自得だろう。
「おかげでこっちは身体が大変なことになるし、渾身の問いかけが破られたおかげで呪いを込められなくなるし・・・あなた以外の人がきたら、遺跡守れないじゃないの!」
心的に負った傷のおかげで、任された仕事ができなくなったということに対し、男はかすかに申し訳なさを感じた。
「あー、それは、若干申し訳ない・・・」
そう口にするだけで、彼の申し訳なさが若干紛れた。
「とにかく!」
ごしごしと猫めいた形の手で目元を拭ってから、彼女は男をにらみながら続ける。
「あなたに出題して、あなたをコテンパンに不正解させない限り、怖くて問いかけに呪い込められないのよ!」
「つまり?」
「呪い込めて出題するから、一度不正解して」
「出来レースじゃねーか!」
スフィンクスの提案に、男は即座に言った。
「いやー、でも実感として一度は不正解勝ち取らないと、どうにもこうにも・・・」
「それで呪い降り懸かってくるのは俺だぞ!?」
「あー、呪いっていっても、えっちぃ気分になって、身動きがとれなくなるだけだから!あのときの私みたいに!」
男は、初めて彼女と会ったときのことを思い返した。
彼の解答に感心したような声を漏らすなり、スフィンクスは声を上げてその場にヘナヘナと崩れ落ちたのだ。不意打ちを警戒しつつ、男が彼女を調べると、彼女の顔は赤らみ、股間を覆う布はびしょびしょに濡れていた。
そして、弱々しく彼を見上げながら、身体の疼きを治めてほしい、とねだった。
「あのとき私を手込めにしたんだから、その責任をとりなさい」
「いやー、あれは不可抗力と言
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