(68)マンドラゴラ

マンドラゴラ。人に似た根を持ち、引き抜くと同時に辺りに死をもたらす叫びをあげる植物。
大昔の書物にはそう記されているが、それは大昔の話だ。
今となっては、頭に葉っぱをはやした少女が土の中に埋まっており、引き抜けば生涯その世話と相手をすることになる。
結婚を人生の墓場だと考えるのならば、ある意味死をもたらすという部分は変わっていない。
だが、俺はあえて自ら墓場に飛び込むつもりでいた。
俺の目の前の地面に生えているのは、マンドラゴラだ。
俺が生まれるからこの家で育てている、二十九年物だ。
親父は、もしも自分に息子が生まれたとき、魔術師という家系故、結婚相手に恵まれない場合を見越してマンドラゴラを植えたらしい。
もっとも、俺が生まれてから親父の心配は杞憂だったと胸をなで下ろすほど、俺は女や魔物から好かれた。
だが、結婚するほど深い仲に至ったことはなかった。
なぜなら、俺にはこのマンドラゴラがいたからだ。
いつだったか、俺がまだ片手で数えられるほどの歳の頃、親父は庭に生えた草を指しながら、『これが、おまえのお嫁さんだ』と言った。
おそらくその言葉が俺の心の奥底に刷り込まれ、ほかの魔物との付き合いを遠ざけたのだろう。俺は将来のお嫁さんのため、地面から葉っぱを覗かせるマンドラゴラに水をやり、雑草をむしり、時には話しかけたりした。
そうするうち、俺にはこのマンドラゴラの存在がかけがえのない物のように思えてきた。
もっとも、俺からの一方的な片思いでしかない。
だが、彼女の想いを確かめる価値はあるはずだ。
「よし・・・」
俺は決心を固めると、マンドラゴラの前でかがみ込み、青々と繁る葉っぱに手をかけた。そして、力を込めて全身で引っ張った。
両足に力を込め、指を引き締め、上体を反らしながら引く。
しかし、マンドラゴラは抜けなかった。
「はぁ、はぁ、はぁ・・・」
俺は全身の力を抜き、地面に尻餅をつきながら呼吸を整えた。
やはり、彼女は俺のことを拒んでいるのだろうか?それとも、職場の上司の魔物が最近言い寄ってくるのが面倒くさくて、いい加減身を固めようと言う動機では不純だというのだろうか。
「いや・・・まだ手はある・・・!」
俺は傍らに置いていたシャベルを手に取ると、葉っぱの近辺の土を掘り始めた。
いつだったか、親父が俺に教えてくれたことがある。大昔はマンドラゴラの収穫の際、犬に引き抜かせる方法が広く使われていたが、実はもう一つ安全に収穫することができる方法があるのだ。
それは、マンドラゴラを周りの土ごと掘り起こし、優しく水をかけて土を洗い流すという物である。
『おまえもそういう人間になれ』と親父は俺に教えてくれたが、重要なのは土を掘り起こすというものだ。
植物の根は細かな毛に覆われており、それが土と土の間に入り込んで根を張るのだ。二十九年物のマンドラゴラは、それほど深々と土を保持しているのだろう。
シャベルで土をどかすうち、金属の先端が柔らかな物にふれた。マンドラゴラの肌だ。土にまみれているため、肌色こそよくわからないが、どうやら肩の辺りらしい。
俺は彼女の肌に傷が入っていないのを確認すると、掘る方向を変えて穴を広げていった。
だが、程なくして再び柔らかな物に当たる。今度は乳房だろうか?
シャベルを起き、指先で土をよけながら俺はマンドラゴラの輪郭をとらえようとした。
聞くところによるとマンドラゴラは少女の姿をしていると言うが、徐々に明らかになっていく彼女の輪郭は、少女と言うには少々大きすぎた。
マンドラゴラは地中にいる間、土の養分を吸収して体を大きくすると言う。どうやら、二十九年という歳月は長すぎたらしい。
「・・・よ・・・ほ・・・」
地面に膝を付き、穴の中に手を突っ込んで彼女の肌を覆う土を取り除いていく。汗が額を流れ、穴の中に滴り落ち、鬱陶しさに額を拭えば土が付く。
そして、彼女の乳房の大きさをおおむね把握したところで、俺はシャベルをとるため身を起こそうとした。しかし、俺の肘がマンドラゴラの顔を覆っていた土に触れ、崩してしまう。
「あ・・・」
土がはがれ落ち、目を閉じる落ち着いた面立ちの女の顔が露わになった瞬間、俺の脳裏を走馬燈が駆け抜けた。
正確に言うと掘り起こしているだけなのだが、この場合どうなのだろう?
水で優しく洗い流していないため、掘り起こした扱いになるかもしれない。
やはり別の古文書にあったとおり、魔女の小便をかけて動きを封じ、その魔女の破瓜の血を滴らせて安全に収穫できる状況にすべきだったが、どうしようもない。そもそも知り合いの魔女は全員非処女の上既婚だ。いったいどうやってそんなもの準備すればいいんだ。
後悔と理不尽な要求への怒りが寄せては返すのを感じながら、俺はマンドラゴラがゆっくりと目を開くのを見ていた。
そして、彼女の青い瞳が俺の両
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