砂漠と町の境に、小さな遺跡があった。観光名所、と言うほどではないがそれなりに観光客が来る小さな遺跡だ。
文化的価値もあるらしく、町では管理人として人を雇い、観光客の案内をさせている。まあ、つまりは僕のことだ。
日が沈み、遺跡の見回りをすませて入り口に施錠してから。僕は家に戻った。
家といっても、遺跡の傍らに立てられた小さな小屋で、昼間は遺跡の入場料を取ったり、お土産を並べている売店のようなものだ。
小屋の表側の窓にはカーテンが下ろされている。
僕は小屋の裏に回ると、扉を開いた。
「ただいま」
「おかえり・・・なさい」
台所と食堂を兼ねた裏口入ってすぐの部屋に上がると、女の声が僕を迎えた。
台所に向かい、鍋をかき回しているのはエプロンと薄く色の付いた包帯で全身を覆った女だった。
「いい匂いだね」
「もうすぐ・・・できる・・・」
エプロン姿のマミーはスープを少しだけ小皿に移すと、包帯の間からのぞく薄い唇に小皿を運び、味見をした。
「・・・ん・・・ちょうどいい・・・」
彼女は一つ頷くと、鍋の前を離れて、食器棚へと向かった。
「ちょっと上、着替えてくるね」
「うん・・・」
観光客を相手にするための制服めいた上着を脱ぐため、僕は台所に続く寝室へ入っていった。
もともと、僕は遺跡発掘の手伝いをしていた。
遺跡発掘といっても、魔物が住み膨大な罠が仕掛けられたご立派な遺跡の探索などではなく、大昔の民家の跡や道路の痕跡を掘り返す仕事だった。
あの日、町と砂漠の境に埋もれた、小さな石組をみたときも、せいぜい町の城壁の名残程度だろうと思っていた。
しかし、石組は僕の予想よりも遙かに大きく、壁と言うよりも建物の一部が露出しているような構造だった。
遺跡発掘隊のリーダーも、砂の中から現れる建物に徐々に興奮していった。
そして、漆喰で塗り固められた扉がでてきたとき、僕たちは大いに喜んだ。民家の土台や舗装された道路ではなく、墓が出てきたからだ。
僕たちは町の許可を得て漆喰の扉を開くと、墓の中に入った。
墓の中はごく狭く、石棺といくらかの副葬品が並べられているだけの、小さなものだった。
しかし並ぶ副葬品はいずれも保存状態が良好で、墓荒らしの手がついていない貴重なものばかりだった。だが、何よりも一番重要だったのは、石棺の中身だった。当時の姿そのままに砂の中に埋もれ、墓荒らしの被害に遭うこともなかった墓。つまり、この墓の主が石棺の中にいるということだった。
僕達は石棺に黙祷を捧げ、静かに蓋を開いた。
石棺の中に納められていたのは、色づいた古い包帯で全身を覆い、布の間から亜麻色の髪を覗かせた、女のミイラだった。
僕は、リーダーの指示に従い、布の表面に身分を示すものがないかどうか確認するため、彼女の顔に自分の顔を近づけ、ランタンの光を当てた。
すると、光が彼女の目を目蓋越しに照らした瞬間、ミイラが口を開いて声を上げたのだ。
乾ききった、悲鳴のような掠れた声に、発掘隊の面々は肝をつぶして墓を飛び出していった。
もちろん、僕自身も相当に肝をつぶしていたが、逃げ出すことはなかった。ランタンの光に照らされた彼女の顔が美しかったのと、腰が抜けてしまっていたからだ。
それからは、いろいろとごたごたがあった。僕がマミーとなった彼女の世話係を任せられ、生きていた頃の彼女の話を聞き出そうとしたが、彼女が全く覚えておらず、とりあえず遺跡の管理人も兼ねて彼女を遺跡の側に住ませることになったぐらいだろうか。
その中で、僕と彼女が幾度となく言葉を交わし、互いに気に入り、ともに遺跡の管理人として同居することになったが、それはまあ別の話だ。
食事を終え、僕が食器を片づけていると、彼女は食卓から僕の背中をじっと見ていた。
そして、皿を拭く頃に彼女は席を立ち、寝室へと消えていった。
今夜はお願い、のサインだ。
といっても、このサインが出なかった夜がないことに、僕は内心苦笑しながら食器を収納し、寝室へと入った。
寝室は、ベッド脇のサイドテーブルの上のろうそくの他、照明が全くなかった。
どこからか吹き込む肌を撫でても気づかぬほどの風が、ろうそくの炎を小さく揺らし、寝室の壁に投じられた影を踊らせた。
そして、ろうそくの傍ら、ベッドの上に彼女が足をそろえて座っていた。
「きて・・・」
揺れる炎に照らされながら、彼女が僕に向けて手を差し出す。
僕は、無言でベッドに歩み寄ると彼女の手を取り、そっとベッドの縁に腰掛けた。
そして、彼女の手を覆う包帯のすべすべとした感触を指先に覚えながら、しばし僕は彼女の手を撫でた。
さらり、さらりと、乾ききった布が手のひらを撫でる。彼女の髪の毛を編んだら、こんな手触りになるのだろうか。
そんな想像が、脳裏に浮かぶ。
「ん・・・そろそろ・・・ほどく・・・」
しばし手を撫で
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