(58)エンジェル

日が沈み、夜空に星が輝き始める頃、一人の少年が宿屋の一室に入った。
身に纏う鎧には、いくつもの傷が刻まれており、少年が鎧を使い込んでいることがわかる。
少年は、ベッドの前に立つと剣を腰から外し、鎧を脱いだ。
「はぁ・・・」
彼は下着だけになると、ベッドの上に勢いよく倒れ込みながら、ため息をついた。今日一日分の疲れが、吐息とともに宿の一室に散っていく。
少年が勇者として送り出されてどれぐらいになるだろう。いや、鍛錬と路銀を稼ぐため、この街に滞在するようになって、結構経った気がする。
街の境界警備や、用心棒、近隣の村落への定期馬車の護衛など、腕を必要とされる仕事を少年は積極的に受けてきた。
だが、この街の近隣に現れる魔物はそう凶暴ではなく、むしろ少年のような勇者を狙ってくる場合が多いぐらいだ。
おかげで定期馬車の仕事はなくなり、最近は酒場の用心棒ばかり。しかしそれも、最近は腕の立つ魔物が請け負いつつある。
「あーあ・・・やめようかなあ・・・」
徐々に、勇者としての自分が求められなくなりつつある日々に、少年はそう呟いた。
実は、今用心棒をしている酒場の一つで、リザードマンの剣士から言い寄られているのだ。数日前に酔って暴れた彼女を適度におとなしくさせたところ、気に入られてしまったらしい。
彼女は実は剣士業の傍ら、行商の真似事もしており、腕の立つ二人ならば運べるに持つも増えるということで、相棒が必要らしい。
妙に熱のこもった彼女の言葉は、その裏に込められた、一緒になってほしいという願いを滲ませていた。
だが、彼女とともに街を離れれば、もはや勇者として剣を握ることはないだろう。
「はぁ・・・・・・」
故郷を送り出されたときの、世界を救ってやるという熱い思いの残り火が、彼の口からため息を出させた。
すると、少年の耳をノックの音が叩いた。
「・・・どうぞ」
「失礼します」
少年の返事の直後、扉が開いて一人の少女が部屋に入ってきた。
年の頃は少年より少し下ほどの、ふわふわとした金髪を短く揃えた少女だ。真っ白な丈の短い、見ようによっては扇情的なワンピースを纏っているが、彼女がそういう商売に関わる者ではないことは、少年がよく知っていた。
背中に真っ白な翼を備えた彼女こそ、勇者として旅立った少年の側に現れる、エンジェルだからだ。
「勇者よ、今日も一日お疲れさまでした」
ベッドの側に歩み寄ると、エンジェルはイスを引き寄せ、腰掛けた。
「今日も怪我なく、無事に過ごせたことを嬉しく思います」
「ああ、ありがと・・・」
「明日も怪我をしないよう、注意して過ごすのですよ。喧嘩があっても、無理に止めようとしないように」
「はいはい」
旅に出た当初は少し年上のお姉さんに見えたエンジェルだが、今では
どこか抜けた心配ばかりする妹のように感じられた。
「どうしました、勇者?」
生返事ばかりの少年に、エンジェルが問いかけた。いつもならば、適当に疲れているなどの理由を付けて納得させるのだが、今日は違った。
「・・・実は、魔物から、一緒に旅をしないかと誘われていて・・・」
「え?」
エンジェルは少年の言葉に一瞬唖然とすると、ぶんぶんと勢いよく顔を左右に振った。
「い、いけませんいけません!勇者ともあろう者が、魔物などと旅をしては・・・」
「でも、その魔物は行商みたいなことをしていて、腕の立つ僕みたいな相棒が必要らしいんだ」
「あ、愛棒・・・いけませんいけません!」
彼女は顔を振ってから、どこかぽやんとした顔に目一杯の険しさを宿らせてから、身を乗り出しながら言葉を続けた。
「行商の相棒だなんて、事実上の夫婦ですよ!最初のうちはただの護衛と雇用主の関係でも、次の街に着く頃には関係が変わっています!絶対認められません!」
「でもさあ・・・」
少年はエンジェルの方に目を向けながら、続けた。
「最近、この街で仕事がなくなってきてるんだよ・・・もう、用心棒みたいな仕事ぐらいしかないんだ・・・だから、いっそのこと・・・」
「だめです!勇者をやめるようなことは・・・」
「じゃあ、このままこの街で、勇者のくせに用心棒してろって言うの?勇者じゃなくてもつとまる仕事なのに・・・」
少年は一度言葉を切ってから、続けた。
「それに、お金を貯めて次の街に行ったとしても、仕事があるとは限らないし・・・この街で用心棒を続けるか、先の見えない旅を続けるか、それとも僕を必要としてくれる人と旅をするか・・・」
ちらりとエンジェルを見上げながら、彼は問いかけた。
「ねえ、どうしたらいいの?」
「うー・・・」
少年の言葉に言い返せにのか、エンジェルはうめき声を漏らした。
「ごめん・・・疲れてるんだと思う」
エンジェルの、どうにかして答えを出そうという苦悶の表情に、少年は胸の奥がチクリと痛んだ。
「とりあえず、もう少
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