大きな町から少しだけ離れた村落の一角に、小さな牧場があった。
柵で囲まれた敷地には草が生え、その一角に畜舎とは名ばかりの小屋と母屋が寄り添うように建っている。
敷地の一角には野菜も育てられているため、牧場と言うよりは、自給自足レベルの農場と呼ぶべきだろう。
そして、母屋の中に目を向けてみれば、三つの影がテーブルを囲んでいた。
人間の男が一人に、おっとりとした顔立ちのホルスタウロス。そしてイスに腰掛けてもほかの二人より頭一つ分は大きいミノタウロスだった。
「はい、今日もみんなの協力で、一日無事に過ごせました」
テーブルの上の夕食を前に、男が口を開く。
「そして、今日もおいしい晩御飯が食べられることを、互いに感謝しましょう。ありがとうございます」
「ありがとうございます」
「ありがとさん」
男の礼の言葉に、ホルスタウロスはそのまま続け、ミノタウロスは多少粗野ではあるものの礼を口にした。
「じゃ、いただきます」
「いただきます!」
「いただきます」
三人は同時に手を合わせると、めいめい食器を手に取り、盛られた料理を口に運び始めた。
「それにしても、今日もいっぱい出したね、ホリー」
ふと男が、ホルスタウロスの名を呼びながら、そう声をかけた。
「今月結構調子がいいから、来月はごちそうが食べられるかもしれないよ」
「えへへ、がんばります」
ホルスタウロスのホリーは、頭髪の間からのぞかせた耳を動かしながら、男に向けて笑った。
「何だよー。ホリーばっかり誉めやがって。アタシも誉めてくれよー」
嬉しそうにするホルスタウロスの様子に悔しくなったのか、ミノタウロスが食事の手を止め、唇をとがらせた。
「今日は、畑の虫を何十匹も取ったし、ワライチゴを取ろうとしていたガキも追い払ったんだぜ」
「おー、よくやったね、ミナ」
男がミノタウロスの名を呼ぶと、ホルスタウロスが続いた。
「ワライチゴはそろそろ収穫ですからねえ」
赤く甘い果実は、甘いものに飢えている子供たちにとっては、盗んででも食べたいものだろう。
「明後日頃に収穫して、村のみんなに配ろうか」
「そうですね。私たちだけじゃ、食べ切れませんし」
ジャムにして売る分と家で食べる分、そしてお裾分けする分について、どのぐらいの分配にしたものかと男が考えていると、ミノタウロスがテーブルを叩いた。
「何だよ!いつもいつも!」
「ど、どうしたミナ?」
突然声を荒げたミノタウロスに、男は目を丸くした。
「いつもいつも、ホリーばっかり誉めて、アタシのことは適当に放っておいて・・・!」
起こっているにも関わらず、目元に涙を滲ませながら、ミナは男を睨んだ。
「別に、ミナのことを適当に放ってなんか・・・」
「今さっき、アタシが今日した仕事を言ったよな?でも、『よくやった』で終わって、後はワライチゴの話じゃないか」
「そ、そういえば・・・」
確かに彼女の指摘通り、話題は即座にワライチゴに移ってしまった。
「アタシの仕事が簡単で、誉めるほどのものじゃないなら、ミナみたいな仕事をさせてくれよ・・・アタシのこともホリーみたいに誉めてくれよ・・・」
言いながら悲しくなってきたのか、ぐすん、とミナは鼻を鳴らした。
「お願いだ・・・ホリーと同じぐらい、アタシも・・・」
「・・・すまない、ミナ・・・」
男は、涙声になりつつあるミナに、そう謝った。
「『二人とも平等に愛する』そういう約束だったな」
ミナとホリーの二人を迎える際に、三人で交わした約束を、男は口にした。
「ホリーのお乳が売り物になるから、知らないうちに特別扱いしてしまっていたみたいだ」
「だったら、アタシのことも・・・」
「ああ、わかってる」
ミナの手を取り、男は頷いた。
「だけどその前に・・・一つ提案があるんだ」
ミナの手を握り、ホリーの方にも顔を向けながら、男は続けた。
「明日、ミナとホリーの仕事を一日だけ交代してみたらどうかな?」
「交代?」
「一日だけ?」
ミノタウロスとホルスタウロスは、同時に首を傾げた。
「ああ。僕は二人ともがんばっているのは知っているけど、ミナもホリーも、互いの仕事をよく知らないから、自分はがんばっているのにとか思っちゃうんだ。だから、二人で一日だけ仕事を交代すれば、相手がどれだけ毎日がんばっているかわかるんじゃないかな」
ミナはホリーの方に目を向けた。確かに、畜舎でお乳を出すだけのホリーに、一日だけ作物の虫取りや、敷地の見張りをさせれば、自分がどれだけがんばっているか分かるだろう。そうすれば、ホリーも自分に対して感謝の感情を抱き、旦那がミナを誉めているときに口を挟むことも少なくなるはずだ。
「分かった」
ミナは男に顔を向け、大きく一つ頷いた。
「明日一日だけ、ホリーと仕事を交代しよう」
「え?いいのミナ?」
ホリーが目を丸くした。
「ホリーはどう
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