(55)クイーンスライム

森の一角、周囲から完全に孤立した場所に、小さな集落があった。
元は人が住んでいたのだろうが、今はほとんど誰もいないのが見て取れる。なぜなら、並ぶ建物のすべてに、青い粘液が絡み付いていたからだ。
一見すると、青い粘液が家屋を象っているかのように見えるが、透明な粘液を透かして見える壁や屋根が、家屋が実在することを示していた。
そして、並ぶ家屋の一軒の中を、男が一人歩いていた。外壁はもちろん、家屋の内側も粘液が覆っている。壁や天井を粘液が完全に包み込み、床にはくるぶしに達するほどの厚さで粘液が積もっている。
男は、床の粘液から足を引き抜き、音を立てて沈めながら、一歩ずつ老化を進んでいた。
肩に届くほど髪を伸ばした男は、一糸纏わぬ姿で、粘液に臆することなく、黙々と家屋の廊下を進んでいた。
すると、廊下の壁に設けられた扉の前で、彼は足を止めた。扉の傍らの壁には、板切れが掲げられており、その板だけが粘液に包まれていなかった。
板には青い文字でこう記されていた。
『理容女王』
男は青い粘液に包まれた扉に手を伸ばすと、粘液越しにドアノブをつかみ、軽く回して押し開いた。
「いらっしゃいませぇ〜」
扉を開くと同時に、部屋の中から複数の声が響く。
声とともに男を迎えたのは、青い粘液で身体を構成した、三人の女だった。
「いらっしゃいませ!今空いてますから、どうぞ!」
部屋の入り口に駆け寄った、十代半ばほどの外見の、短髪のスライム少女が、部屋の中心に置かれた安楽イスを示しながら微笑んだ。
「ああ、頼む」
延び放題の髪の毛に触れ、口元や顎の肌の色を隠すほど髭を撫でながら、男は安楽イスに向かい、腰を下ろした。
安楽イスを包み込み、奥まで浸透していた粘液が、くたびれたイスのクッションの代わりに彼の体重を柔らかく受け止め、イスの向かいに置かれた大きな鏡が彼の姿を映す。
男のむき出しの尻や太股に触れる粘液は、人肌程度の温もりを帯びており、少なくとも冷たさに声を上げることはなかった。
「はぁい、きょうはどんな感じにしようかしら?」
部屋の奥から、粘液の塊を手にした、二十代半ば過ぎほどのスライム女が、にこにこと男に問いかける。
体つきこそ、先ほどのスライム少女より遙かに豊満ながらも、顔立ちや声に似たものがあった。
「とりあえず、髪を短く。髭も剃ってくれ」
「頭は洗いますかぁ?」
男に問いかけながら、彼女は手にしていた粘液の塊を両手で広げた。すると粘液は、一枚の布のように膜状に広がり、彼女の導きのまま男の上に被せられた。
「うん、そっちも頼もうか」
「かしこまりましたわ」
スライム女は、にっこり微笑むと、両手を男の頭に触れた。
彼女の手の表面から滲み出す、純粋な水分が男の髪の毛を濡らしていく。乾き、互いに絡み合った男の頭髪が、濡れたことで柔らかく、しなやかになっていく。
そして、十分に髪の毛を湿したところで、スライム女は手を離した。
「じゃあ、切っていきますねぇ」
手を構成する粘液から二本の突起が延び、ハサミを握っているような形になる。彼女は、青く透き通った、切れ味もないはずのハサミを男の頭に近づけると、一房の髪を手に取り、粘液の刃を入れた。
頭髪を伝わり、男の頭皮に髪の毛が切断されていく感覚が伝わる。
切り落とされた毛先は、男の身体と安楽イスを覆う粘液膜の上に落ち、青い粘液の中にとけ込んでいった。
「♪〜」
鼻歌を歌いながら、スライム女は男の髪を粘液で切断していった。
「ところでお客さん、なんでウチに来られたんですか?」
ふと彼女が、男に問いかけた。
「ああ、近いし、安心できるからな」
「安心できるから、っていうのは嬉しいですけど、隣町にはちゃんとした床屋さんがありますよね?ウチみたいに半分素人がやってるような店じゃなくて」
「ああ、俺が前に一度行った、レッサーサキュバスがいる店だな」
「ええ」
「あそこは腕はいいが、店主が怖いんだよ」
「怖い?」
小刻みに粘液のハサミを開閉させ、切り落とした毛髪を粘液に溶かしながら、彼女は繰り返した。
「店主がね、毛がないんだ」
「毛が、ない?」
「ああ。禿とかじゃなくて、毛を剃っているんだ」
「スキンヘッドって奴ですね」
おおかた、店員のレッサーサキュバスに自分の頭で剃刀の練習でもさせたのだろう。そんなことをスライム女が考えていると、男は言葉で否定した。
「いや、頭だけじゃなくて、眉毛もなかった」
「眉毛も?」
「まつげもないし、半袖だったが腕の産毛もなかった。多分、前進の毛を剃り落としているんだと思う」
「そこまで」
頭頂部の毛を切りながら、彼女は感嘆の声を漏らした。
「そういうわけで、俺はあの店主が怖くて、あの店に行くことができないんだ」
「そういうわけだったんですねえ・・・はい、出来上がりました」
ハサミを頭から離し、二本
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