(46)妖狐

僕がいつものように庭園の庭石を磨いていると、不意に影がかかった。
雲でも出てきたのか、と首をひねって背後を見ると、太陽を背にお嬢様が立っていた。
「精が出るわね」
「お嬢様・・・!」
僕は足音もたてずに忍び寄っていたお嬢様に驚きつつも、その場に立って姿勢を正し、頭を下げた。
「ありがとうございます!」
「ああ、そう言うのはいいのよ。顔上げて」
お嬢様の言葉にあわせて視線をあげると、お嬢様の足下から顔までが僕の目に入った。
首もとからくるぶしのあたりまでを覆う、ぴったりと体に張り付くようなデザインのワンピースを身に纏い、腰の後ろから三本のふわりとしたしっぽを揺らし、背中に届くほどの金髪の間からは三角形の耳をのぞかせている。
彼女こそ、東の方からきた妖狐という魔物で、この屋敷の主夫妻の娘だった。まだ若いため、尻尾の数こそ奥様の七本には及ばないが、その美貌は旦那様を虜にしたという奥様に瓜二つだった。こう表すと、お嬢様が老けているように見えるだろうが、逆だ。奥様の方が、お嬢様と同じぐらい若々しいのだ。
「・・・・・・えー・・・」
お嬢様は僕の顔を上げさせたところで、なにを言ったものかといった様子で空中に視線を向けてから口を開いた。
「最近、どう?」
「・・・はい、旦那様と奥様、そしてお嬢様のおかげで達者です」
特に話題もなかった様子の問いかけに、僕は失礼のない返答をした。
「ああ、そう言う訳じゃなくて・・・」
お嬢様はドレスの胸元の舌で腕を組み、軽く体を揺らした。黄色い糸で模様の織り込まれた赤い生地の下で、乳房が持ち上げられる。
僕の視線が、お嬢様の顔から下の方へ導かれそうになるが、どうにか耐えた。
「んーと、えーと・・・そうね、あなた後で私の部屋に来なさい」
「は?」
唐突なお嬢様の申し出に、僕は一瞬立場も忘れてそう聞き返していた。
「庭石磨いた後、暇でしょ?だから来なさい」
「いえ、その・・・屋敷のお仕事がありまして・・・」
「あなた最近、他の人の手伝いばっかりしてるって、メイド長から聞いたわよ。もともと手伝いしなくてもどうにかなる仕事なんだから、今日ぐらい放っておきなさい。いい?」
「はぁ、かしこまりました・・・」
彼女は僕の了解の言葉に頷くと、くるりと背を向け歩きだした。
一歩ごとに彼女の三本の尻尾が左右に揺れ、腰のあたりまで切れ上がったスカートのスリットから、白い肌がちらちらと覗く。
「・・・・・・」
僕は、お嬢様の後ろ姿を、彼女が屋敷の中に消えるまで追ってから、視線を外した。
急いで庭石を磨かねば、お嬢様が不機嫌になるだろう。



そして一通り庭石を磨き、身だしなみを整えてから、僕はお嬢様の部屋へ向かった。
お嬢様の部屋の前にたち、最後に衣服の乱れがないか確認してから、軽く扉をたたく。
「入りなさい」
「失礼します」
扉を開けると、少しだけ甘い香りが僕の鼻をくすぐった。
整理整頓の週間を身につけさせるという奥様の方針ため、衣装ダンスやらベッドやらが置かれている部屋を見回すと、机の上でか細い煙を立てている壷が目に入った。
どうやら香を焚いているらしい。
「遅かったわね」
ベッドの縁に腰掛け、僕に目を向けながら、お嬢様が痩躯地を開いた。
「すみません。手が少々汚れてしまったので」
「いいわ、座りなさい」
お嬢様がそう言うが、僕は動けなかった。
座ると言っても、お嬢様の机の前の椅子ぐらいしか、この部屋に椅子はないのだ。もちろん、お嬢様の椅子に座るわけにはいかない。
「ここよ、ここ」
直立したまま視線をさまよわせる僕に、お嬢様は自身が腰掛けるベッドを軽く叩いた。
「え?しかし、ベッドに腰掛けるというのは・・・」
「仕方ないでしょ。部屋にあまり物が置けないから、お友達呼んだときも、絨毯にクッション置いて座ってもらってるぐらいだし。とにかく、来なさい」
「はい・・・」
命令されたのならば、仕方ない。
僕はベッドのそばまで歩み寄ると、ベッドの縁、扉に一番近い隅の部分に腰を下ろした。やはりお嬢様が使ってるだけあって、ベッドは柔らかく僕の尻を受け止めた。
「なんでそんなところ座ってるのよ」
手を伸ばしてもぎりぎり届かないような距離に座ったことに、彼女は低い声で僕に言った。
「流石に、肩が触れ合う距離はマズいと思いましたので・・・」
「それにしてももう少し近寄ってもいいんじゃないの?むしろ、そんなはじっこだとそこのバネが弱るから、移動しなさい」
お嬢様の命令に、僕は少しだけ腰を移動させる。
手を伸ばせば肩に触れるだろうが、少なくとも肘がぶつからないほどの距離にだ。
「うーん・・・まあ、いいわ・・・」
お嬢様自身と僕の距離を見計らってから、彼女は続けた。
「ところであなた、私がお見合いするって話、知ってる?」
彼女の不意の問いかけに、僕の胸郭
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