(42)サイクロプス

座った妻の後ろに回り、彼女の後頭部に皮バンドを食い込ませる。
「痛くないか?」
「大丈夫・・・もう少しきつく・・・」
彼女の言葉に、俺は皮バンドをもう少しだけ締めた。
皮と彼女の水色の頭髪がこすれる音が響く。俺は皮バンドから手を離すと、軽く固定されているかどうか確認した。
「よし・・・目を開けていいぞ」
「・・・・・・本当に大丈夫?」
「俺の作品だ。信用してくれ」
彼女は小さくふるえながら、ややうつむき加減だった顔を上げる。
しかし、なにも起こらなかった。
「あ・・・」
「な?」
俺は彼女の前に回り込むとしゃがみ込み、彼女の手を握った。
「大丈夫だったろ?」
「うん・・・」
鋼鉄製の分厚い眼帯で一つ目を隠したまま、俺の妻であるサイクロプスは小さく頷いた。
「じゃあ、次は片づけだな」
彼女から視線をはずし、室内を見回しながら、俺はつぶやいた。
部屋の壁や家具には、親指と人差し指で作った輪ほどの太さの線が刻まれていた。線は板壁や木製のテーブルを貫き、その向こう側まで続いている。天井に目を向ければ、夜空の見える穴が穿たれていた。
壁の線も、斜めに切断された家具も、全て彼女のやったものだ。
とは言っても、彼女が工具を手に穴をあけて回った訳ではない。
話は今朝にさかのぼるが、彼女が目を覚ますと同時に彼女の一つ目からビームが出たのだ。
何でも、今の姿に押し込められたサイクロプスのパワーだとかエネルギーが、ビームという形で発散されているらしい。
幸い、彼女が目蓋をおろせばビームを抑えることはできたが、ふとしたときに目を開いてしまうため、危ない。
よって、俺が大急ぎでビームを抑え込むため、鋼鉄製の眼帯を作ることになったわけだ。
「ん・・・」
「どうした?どこか食い込んで痛いのか?」
鼻よりも前に突き出る厚みの眼帯にふれながら彼女が声を漏らし、俺が心配して尋ねる。
「違うの・・・あなたがどんな物を作ったのか、確かめているだけ・・・」
「朝から大急ぎで作ったからな・・・造りの甘いところは見逃してくれ」
妻であると同時に、鍛冶の師匠でもあるサイクロプスに、俺はそう言う。
「叱るもなにも、わたしの予想以上の出来よ・・・縁取りは完璧だし、左右の丸みも均等だし・・・」
眼帯にふれながら、彼女は要所要所を評価していく。
「ただ、一つだけ言わせてもらうなら・・・細部の仕上げは程々にして、もう少し早く切り上げてほしかったかな」
「面目ない」
確かに、縁の尖ったところの研磨などを省けば、夕方頃には取り付けられただろう。
「完璧な品物を作り上げるのは職人の義務だけど、時間に間に合わせるのも職人の義務。それに、なにもかもに全力で挑んでいたら、疲れ切っちゃうわよ」
「はい、以後気をつけます」
師匠としての彼女の言葉に、俺は弟子として応えた。
「よろしい・・・じゃ、片づけしようか・・・」
そう言いながら、彼女はイスから立ち上がろうとした。
「いやいい、大丈夫だ」
俺は彼女の手首をつかみ、肩に手をおいて座らせながら言った。
「え・・・?でも・・・」
「テーブルの片づけぐらいなら俺一人でできるし、壁の穴とかは明日人を呼んでこないとだめだ。それに、お前は目が見えないんだから、怪我をしたら大変だ。今日はじっとしていてほしい」
「・・・わかった・・・ごめんなさい・・・」
「謝るなって。困ったときは、お互い様。だろ?」
俺は彼女から手を離すと、立ち上がってテーブルだった木材に向かった。
「とりあえず、寝室までの通路を確保するから、待っていてくれ」
「うん・・・」
木材をある程度まとめて抱えあげ、玄関から外へ運び出す。
明日の朝、適当なところに運んでいけるよう、まとめて置いておくためだ。
俺は寝室のベッドまで続く、天井板のかけらや、斜めに断ち切られたドアなどを次から次へと運び出すと、箒を手に床を掃いた。
木片が、彼女の足に刺さらぬようにするためだ。
一通り破片を取り除くと、俺は彼女の元へ戻った。
「待たせたな。寝室まで片づけたぞ」
「ありがとう・・・」
イスに座る彼女に歩み寄ると、俺は彼女の手を取った。
「さ、行こう」
「うん・・・」
彼女は頷き、俺の手を握った。それも手をただ握るだけではなく、腕を絡ませ、胸に抱き寄せ、もう片方の手を添えながらだ。
まるで、俺の腕にすがりついているようだった。無理もない。目が見えないと言うのは、それだけ不安なのだ。
「大丈夫か?」
俺の問いかけに、彼女は一つ頷く。
しかしそこに不安はなく、むしろ俺の腕を抱いているのが楽しい、という様子が滲んでいた。
それだけ信頼されているということだ。
「もう少しこっちだ・・・」
彼女が箒で掃いた通路の中央を通れるよう、位置を調整しながら導いていく。
そして、寝室にはいると、俺は彼女をベッドに座らせた。
「俺はもう少
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