「アニー姉ちゃん、おなかすいたよ・・・」
一つのベッドの中、十二人の妹たちと一緒に横になりながら、アニーは妹がそう囁くのを聞いた。
「晩ご飯なら、さっき食べたでしょ?」
パンにチーズの粉を振ったものを一切れずつ。小柄なラージマウスとしても、少し足りない量だったが、明日の朝までしのげばどうにかなる。
しかし、闇の中で妹は首を左右に動かした。
「違うの・・・パパとママの声聞いてると、おなかがきゅんってなるの・・・」
耳を澄まさずとも、隣の部屋からは二人分の声が響いていた。
アニーを長子とする、十三人のラージマウスの両親が肌を重ねているのだ。
母親の荒い吐息混じりのあえぎ声に、時折挟まる父親のうめき声。おそらく、父親が仰向けになった母親に覆い被さって、腰を揺すっているのだろう。
「そうか・・・あんたもそんな歳になったんだね・・・」
腕を伸ばし、妹の頭をなでながら、アニーはしみじみとつぶやいた。
聞くところによると、他のラージマウスの一家は、父親と娘たちが肌を重ねることで、肉体の成熟に必要な精の供給を行うらしい。
しかしアニーの両親は、少々他の一家より愛情が深すぎた。長子のアニーが物心着いた頃から、二人が離れているところをほとんど見たことがないのだ。
昼も夜も繋がりっぱなしで、多少会話できる程度に落ち着いているか、話もできないほどに興奮しているかのどちらかだった。
おかげでアニーを一とする娘達は、父親の性器の形もよく知らずに育ってきた。そして、幼少期の精不足のおかげで、アニー達はほかのラージマウスと比べても小柄な体をしていた。
「どうにかしないと・・・」
アニーは闇の中でつぶやくが、なにも思い浮かばない。
今からとなりの部屋に入って、両親の交わりに混ぜてもらうこともできるが、せいぜい母親の乳を吸わせてもらうぐらいだろう。
父親の肉棒と精は母親の物。それがこの家のルールだ。
カーテンに覆われた窓に目を向ける。布とガラスと夜気を隔てて、街には何千という肉棒がある。こんなに肉棒があるというのに、十三人のラージマウスは精に飢えている。
なんと理不尽なことか。
「・・・そうだ・・・」
この世の理不尽に、静かに諦めを覚えていた彼女の脳裏に、ふとある考えが浮かんだ。
アニーは、ほかの妹たちを起こさぬようそっとベッドを抜けると、寝間着から着替えた。
手持ちの服の中でもより黒く、動きやすそうな物にだ。
「お姉ちゃん?」
「大丈夫。ちょっと出かけてくるだけだから・・・」
ベッドの中からささやき声で尋ねた妹に、アニーは小声で返した。
「大人しく、ベッドの中でじっとしていられるかしら?」
「・・・・・・うん」
「いい子ね」
妹の髪をなで、丸い耳の間に唇を触れさせる。
「妹たちが起きても、アニーお姉ちゃんはおトイレだって言ってね」
「分かった」
「じゃ、行ってきます」
アニーはベッドを離れ、そっと玄関から外にでた。冷えきった夜気が彼女の体にまとわりつき、両親の嬌声が小さくなる。
一方で、アニーの胸中では徐々に不安感と緊張が膨れ上がっていた。
無理もない。これから彼女は、盗みに入るのだ。
盗みと言っても、食べ物ではない。人間の精だ。
この町の人間は、魔物と結ばれている者が多いが、人間の男女で夫婦をやっている家もある。魔物の家に忍び込めば、即座に気づかれかねないが、人間相手ならよほどのことがない限り気づかれないはずだ。
アニーは立ち並ぶ住宅の一軒に近づくと、雨水用のパイプに飛びつき、するすると上っていった。
人間ならば確実に折れ、並のラージマウスでもヒビぐらい入るかもしれないほど老朽化したパイプだったが、アニーの小柄な体は音を立てることなく、屋根の縁にたどり着いた。
彼女は屋根に飛び乗ると、ふんふんと鼻を鳴らしながら屋根の縁を進んだ。
人間の臭いがする。男と女のだ。
昼間の間に目星をつけていたとおり、この家には人間の夫婦が住んでいる。
彼女は屋根を覆う瓦を検分し、ついに緩んでいた一枚を見つけた。取り落とさぬよう、彼女はそっと瓦をはずし、屋根裏へと続く穴に身を滑り込ませた。埃の積もった天井板の裏側が、彼女を迎える。天井板には節穴や継ぎ目の透き間が空いており、未だ明かりの点る部屋からの光が、屋根裏に模様を描いていた。
アニーは梁の上に飛び乗ると、埃の臭いに混じる人間の臭いを頼りに、天井裏を進んだ。
そして、光を投げかける節穴の一つに近づくと、彼女はそれをのぞき込んだ。
天井板を挟んだ向こう側に、ベッドがあった。ベッドの上には男と女が並んで横になっており、鼾をかいている。
「よし・・・」
アニーは小さくつぶやいて緊張をほぐすと、天井板を調べ始めた。
こういう建物の場合、一見すると天井裏に上がる方法はないように見えるが、実は天井板の一部はのっかっているだけにすぎない場合が
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