(40)ケンタウロス

なだらかな丘が続く平原の合間、石畳で舗装された道を、ケンタウロス(四足歩行魔物。角と翼を持たず、夢に入らない者を指す)にまたがった旅人が進んでいた。
若い、男の旅人だった。
ケンタウロスの鞍にまたがり、彼女の腕や胸元に絡み付くハーネス(ケンタウロス操縦器具。馬のくつわにあたる)から延びる手綱を握っている。
旅人はそこそこ大きな荷袋をケンタウロスの尻に乗せていたが、ケンタウロスは重さを感じないかのように四本の足を動かしていた。
二人は無言のまま、道なりに進んでいた。
すると、丘の向こうに城壁が見えてきた。
「見えてきたね」
旅人がケンタウロスに、そう話しかけた。
「ああ・・・だけど、本当にあの国にはいるのか?」
前へ前へと進みながら、ケンタウロスが首をひねって旅人を見た。
「あの国について、その・・・色々聞いたんだ」
「うん、僕も聞いたよ。でも、今から引き返したり、迂回するわけにはいかないよ」
ちらり、と旅人は後ろに乗せた荷袋を確認しながら続けた。
「色々足りない物もあるし、あの国で補給しないと・・・それに、蹄鉄だってそろそろ換え時じゃない?」
「まあ、そうだけど・・・」
ケンタウロスは自身のつま先を見下ろし、だいぶすり減った蹄鉄と伸びた蹄に言葉を濁らせた。
「だが、あの国はその、何というか・・・ええと・・・」
「フリーセックスの国?」
口ごもるケンタウロスに、旅人は彼女が言わんとしている単語を口にした。
「そうだが、突然言わないでくれ!」
ケンタウロスは、びくんと体を跳ねさせると、そう旅人に言った。
「突然大声を出して・・・どうしたの」
「あ・・・すまない・・・」
彼女自身も思いの外声が大きかったことに気が付いたのか、小さく紡いだ。
「とにかく、あの国についてはその・・・あまりいい噂を聞かないから、早めに立ち去ろうと言いたかったんだ・・・」
「ふーん・・・」
旅人はしばらく口をつぐみ、考えた。
「確かに、独特な制度を導入しているし、そのデメリットも色々聞くけど・・・」
「そうだ。別に私たちがその巻き添えになる必要はないだろう?」
「まあ、そうだね・・・」
旅人はこれまで訪れた国のことを思い返しながら、そう答えた。
「でも、補給は必要だから、今更回れ右は無理だよ?」
「分かっている」
ケンタウロスは、どこか覚悟を決めたような声音で言った。

それからしばらく進んでから、二人は国をぐるりと囲む城壁にたどり着いた。
石畳の道を遮るように大きな扉が設けてあり、槍を手にした見張りの兵士が立っている。人間の兵士と、リザードマンの二人組だ。
旅人がケンタウロスから降りて歩み寄ると、扉の奥から三人目の兵士が現れた。
「入国を希望ですか?」
「はい。人間一人と、ケンタウロス一体です」
「了解しました。入国手続きをしますので、こちらへどうぞ」
兵士は二人を扉の中に導くと、旅人に色々な書類を書かせ、荷物を検査した。
「はい、結構です。ご協力ありがとうございました」
旅人の荷物から禁輸品(違法薬物や、マタンゴの胞子などの危険物を指す)がでなかったことを確認すると、兵士は笑顔で二人に続けた。
「お二人の入国を許可します。ようこそ旅人さん。我が国をどうか楽しんでいってください」
「ああ、楽しむってそういう・・・」
兵士の言葉に、ケンタウロスがぼそりと付け加える。
「え?なに?」
「いや、何でもない」
単純によく聞こえなかった旅人が彼女に聞き返すが、ケンタウロスは頭を振るばかりだった。
「それと、最後になりますが、お二人は近隣国で我が国についていくつかお聞きになっていると思いますが・・・」
「ええ、一応」
「イヤと言うほどにな」
兵士の質問に、二人は頷いた。
「それは結構・・・ですが、どうやら誤解も多いらしいので、今ここで我が国の社会制度について説明をしたいのですが・・・」
「いや、結構!」
ケンタウロスが上擦った声を上げた。
「確かにユニークな社会制度であることは重々承知しているが、それも理由あっての制度のはず!私たちはそれを尊重こそすれ、けなしたりしようなどとは・・・」
「え?なにをそんなに慌ててるの?」
急に饒舌になったケンタウロスに、長年つきあってきた旅人は彼女の心情を見抜いた。
「そりゃ、職業や社会・・・」
「言わなくていい!」
ケンタウロスは旅人の口を塞いだ。
「ええと、旅人さんはご理解いただいているようですが、どうもケンタウロスさんは・・・」
「私も知っている!十分に!だから今更そういう説明をするのはやめてくれ!」
旅人の口を塞いだまま、彼女はぶんぶん顔を左右に揺すった。
「・・・・・・んん・・・」
「・・・・・・了解しました・・・」
口を塞がれた旅人のうめき声と、彼の目配せに兵士は短く答えた。
「では、入国前手続きに付きましては、以上を持ち
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