前方の虚空に浮かぶ相手に向けて、木剣を振り下ろす。
踏み込みつつの袈裟懸けの一撃を、相手は一歩退いて避けた。
だが問題は無い。
振り下ろした刃の勢いを殺さず、そのまま手首を返して切り上げる。
とっさに相手は上体を反らすが、木剣の切っ先が顎を捉えた。
何の反動も無く、木剣が相手の顎先を通り抜ける。
そのまま手の中から飛んでいきそうになる木剣を握り締め、俺は動きを止めた。
「・・・・・・よし」
遅れて、セーナさんの声が俺の耳に届いた。
『見た!?今の見た!?思いっきり当たったわよ!』
俺の前方に浮かぶ白い幽霊の少女が、声を上げながら距離をおいて立つセーナさんに顔を向けた。
「あぁ、大分上手くなったな」
マティの言葉に応える様に、セーナさんは淡々と賞賛の声を送った。
『今の、私に体があったら怪我してたわよ!?』
「次ぐらいから私が相手してやるとしよう」
マティと微妙に噛み合っていない会話を交わしながら、彼女は今後の予定を立てていた。
素振りと筋トレと剣術の型。
セーナさんが俺に課する訓練は、基本この三つだった。
素振りや筋トレについては、特に特筆することは無かった。
朝から休憩を挟みながら夕方まで木剣を振らされたり、両手に砂の詰まった袋を持って山と村を往復したり。
かなり辛いが、それでもセーナさんは俺を鍛えてくれた。
だが、分からないのが剣術の型だった。
数週間前、セーナさんは俺に構えを教えてくれた。
「肘をもうちょっと張って・・・力を込めすぎず」
俺は言われるがままに、構えを調整する。
やがて出来上がったのは、異様な構えであった。
足を広げて軽く引き、右手で順手に握った木剣を左肩に担ぐように。
俺もこれまで色んな傭兵や剣士と会い、その構えを見てきたが、セーナさんの教えてくれた構えはそのどれとも似ても似つかぬものだった。
「それでいい。明日からはその構えで素振りだ」
セーナさんは俺の珍妙な姿勢に満足げに頷く。
こうして、俺は良く分からないままに奇妙な構えの練習もさせられることになった。
「さて、次から本格的な訓練に入るわけだが、明日行って貰いたい所がある」
日が大分傾いてきた頃、今日の訓練の終了を告げると、セーナさんはそう言いながら折りたたんだ紙を差し出した。
「これは?」
「向こうへの紹介状だ。先方に話はつけてあるから、行って見せればいい」
紙を受け取る俺に、彼女は続けた。
「山に住んでいる鍛冶屋に、お前の剣を打って貰おうと思ってな」
「はぁ・・・」
「出来上がるまで時間は掛かるが、それまでにお前の剣の腕前は十分なものになるだろう」
まだ早すぎるんじゃないか?と言う俺の内心の問いに答えるように、彼女は言った。
「まあ変わった奴だが、いい奴だから安心するといい」
彼女はそう微笑んだ。
薄暗い小屋の中、明り取りの窓から差し込む光だけを頼りに彼女はテーブルに着いていた。
テーブルの上には、鞘に収まった短剣が一本置いてある。
彼女は短剣に手をかけると、軽く力を込めた。
鞘から短剣の刃が露出し、明り取りの窓から入る光を照り返す。
息を潜めたまま、彼女はじっと露出した刃を見つめていた。
「・・・っ・・・!」
と、不意に彼女の耳を小さな音が打った。
話し声が二つ。
男と女のもの。
風や葉の擦れる音に紛れそうな小さな音だが、異質なその音は彼女にも良く聞こえた。
「・・・・・・」
彼女は短剣を鞘に収めると、席から立ち上がった。
セーナさんから貰った地図を頼りに、俺は山道を歩いていた。
『本当にこっちー?』
「ああ、多分な」
セーナさんの住処と真逆の方角へ進みながら、俺たちは言葉を交わしていた。
もともと山の道はかなり細いものだったが、この辺りは特に道が荒れている。
地図が無ければ道と気が付きようが無いほどだった。
『本当に鍛冶屋さんなんているのかしら?』
「お前セーナさん疑うのかよ」
若干の疑念を滲ませるマティに、俺はそう言った。
実際のところ、本当に鍛冶屋があるのかどうかは俺も疑わしいところだが、師匠を疑うわけには行かない。
「地図じゃもうすぐ何だけどな・・・」
今まで通り過ぎた目印を確認しながら、俺は草を掻き分けた。
不意に視界が開ける。
俺たちの前に現れたのは、木々の間にぽっかりと開けた空間だった。
そしてその向こう側に、半分斜面にうずもれるような形の小屋が建っていた。
小屋の屋根からは煙突が突き出している。
『ここかしら?』
「みたいだな」
地図と照らし合わせ、この小屋が目的地だということを確認する。
俺たちは木々の間を抜けると、小屋の前まで移動した。
そしてドアを軽くノックしようとした瞬間、ドアが薄く開いた。
「・・・・・・誰?」
ドアの隙間から目をのぞかせながら、高い声で尋ねら
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