「♪〜♪〜♪〜」
鼻歌とともに左右に揺れる褐色の背中を、少年は見ていた。
彼の目の先に立っているのは、少年と変わらぬ背丈の少女だった。
だが、その短く切られた髪の間からは触覚めいた突起が延びており、背中にはドクロの模様が浮かんだ薄い羽が生えている。
よくよく見ると、尻の上には楕円形の黒い物がついており、手足の末端は甲殻に覆われていた。
まるで、人と蠅を組み合わせたような姿だ。
「♪〜♪〜♪〜」
ベルゼブブは、少年の視線を背中で受け止めながら、静かに鍋をかき回していた。
そしてお玉で鍋の中身を掬いとると、小皿に移して軽く口に含んだ。
「・・・んー・・・」
傍らに置いていた塩の小瓶を手に取り、数度鍋の上で振る。ぱらぱらと落ちた白い粒を、よくお玉でかき回してから、彼女は再び味を見た。
「よし」
彼女は一つうなづくと、お玉から手を離してくるりと振り返った。
「いま注ぐからね」
台所から数歩、少年が着いている食卓の上に置かれた、大小二枚の皿を手に取ると、ベルゼブブは少年に向けてにっこりほほえんだ。
そして鍋に向き直り、お玉で皿に鍋の中身を注いでいく。
細かく切られた肉と野菜。そして透き通ったスープが、皿の中身を満たしていく。
「はい、お待たせ〜」
ベルゼブブは二枚の皿を手に、食卓に歩み寄ると、大きい方を少年の前に置いた。
「わぁ、おいしそう・・・!」
「へへ、最近本で勉強したんだ」
少年の言葉に、ベルゼブブは照れくさそうに頬を甲殻に覆われた指先で掻いた。
「さ、召し上がれ」
「いただきます!」
少年はスプーンを手に取ると、皿のスープに先端を沈め、肉のかけらとともにすくい上げた。そしてそのまま、口元に運び、ぱくりと咥える。
「どう?」
「ん〜、おいしい!」
数度の咀嚼を挟んでから、少年はそう賞賛した。
「よかったぁ・・・」
一口、また一口とスプーンを上下に動かす少年に、ベルゼブブは胸を撫で下ろした。
初めて作る料理だったが、うまく行ったようだった。
これなら、少年の好みの味付けに調整すれば、もっと喜んでもらえるだろう。
「ほら、お代わりはまだあるけど、そんなに慌てなくても大丈夫よ」
がつがつと、数日何も食べていなかったような勢いでスープを飲む少年に、彼女はそう声をかけた。
「おいしすぎて手が止まらないんだよ〜」
「もう、そんなこと言って・・・」
冗談めかした少年の返答に、ベルゼブブは苦笑した。
そして彼女も遅れてスプーンを手に取ると、少年の物に比べれば小さな皿に、その先端を沈めた。
食後、少年が流しに向かい、食器を洗っている様子を見ながら、ベルゼブブは奇妙な満足感を覚えていた。
豊穣をもたらす魔物として捕らえられ。この小さな小屋に少年とともに押し込められてどれほどになるだろうか。
自由奔放な気質のベルゼブブにとって、行動の制限、特に閉じこめられることは我慢がならなかった。
監禁されて最初の数時間は、どうにか外に出ようと暴れ回った。だが、小屋の壁はもちろん、薄い窓ガラスさえひび一つ入れることはできなかった。
暴れ回り、体力を無駄に消耗し、疲れきったベルゼブブの目に入ったのは、おびえきった少年だった。魔力を補うため、彼女が少年に襲いかかるのに、躊躇いはいっさいなかった。
十と幾つかになったばかりと思しき少年は、その日のうちにベルゼブブに様々な物を奪われた。そして全てが一通り終わったとき、少年は未知の感覚の残滓と、ベルゼブブへの恐怖にむせび泣くほか、何もできなかった。
それから数日間、ベルゼブブは小屋の中で気ままに、彼女伸したいことをして過ごした。
小屋の入り口に時折押し込まれる食料をかじり、戯れに少年を弄び、疲れれば横になる。そして目を覚ませば、隠れる場所もろくにないのに、必死にベルゼブブに見つかるまいとする少年を探し出し、弄ぶのだった。
そんな二人の関係が変わったのは、いつの頃だったろうか。
扉から差し入れられる食料を一通り平らげ、いつものように食べ残しを少年に押しつけてから、ベルゼブブはベッドに横になった。
しばしの間をおいて、彼女を眠りから呼び起こしたのは、少年のうめき声だった。見ると、少年は床の上に横になり、腹を押さえたまま呻いていた。
最初は、知恵を絞っての仮病かとベルゼブブは考えたが、少年の額に浮かぶ汗を舐めとって、ようやく違いに気がついた。彼は本当に具合が悪いのだ。
これまで弄ぶ対象でしかなく、ペット程度の認識だった少年がいざ死ぬかもしれないとなったとき、ベルゼブブの内側でにわかにその存在感を増した。
彼女は少年を薄汚れたベッドに横たえ、小屋の戸に向かうと、食料が入ってくる小さな穴から必死に声を上げた。
そして、彼女が数度扉と少年の間を往復したところで、ようやく人がやってきた。
「大変だ、あのガキが病気なんだ。助けてやってく
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