「毛を剃ってほしいの」
「そいつを剃るなんてとんでもない」
私の言葉に、彼女は動きを止めた。私の言葉の意味が、さっぱり分からないといった様子でだ。
「いや、そのええと・・・今なんて・・・?」
「だから、毛を剃るなんて私にはできない、と」
私が返答を繰り返すと、彼女は目を閉じ、今し方聞いた言葉を繰り返すように黙考した。
私は、彼女が考え込んでいる間に、その肢体をじっくりと眺めた。
眉根を寄せ、悩ましげに何かを考える整った顔立ち。その上の赤い頭髪の間からは愛らしい小さな角が二本生えている。
体に目を向ければ、袖なしで丈の短い衣服の下に、布数枚では隠しきれない欲望に忠実な肉付きのよい体がある。
そして、彼女の腰のあたりからは非常に弱々しい、どちらかというと装飾レベルの羽が一対生えていた。
しかし、もっとも彼女の体で目を引くのは、手足の末端を覆う柔らかな赤い毛だった。
ふわふわとした、まるで猫のような短いながらも密集して生える毛が、彼女の肌を隠している。
「毛を剃るのがいやだ、っていうのは分かったわ・・・でも、もったいないって・・・ええと・・・」
「そのままの意味だ」
しばしの間をおいて言葉を紡ぎだした彼女に、私は答えた。
「君の体毛は、毛髪に限らずすべて柔らかく、すべすべとしていて、非常に心地よい。冬場は暖かく、春と秋にはふわふわとした感触が心地よく、夏の二人分の汗に濡れぬちょぬちょと肌を這い回る感触は非常に淫らでヤらしく最高だ。だというのに君は、そんな毛を剃ってしまうという。もったいない」
「ええと・・・」
「そもそも、なぜ突然毛を剃りたいなんて言い出したんだ?場合によっては君のその・・・自傷行為めいた毛髪虐待に荷担は無理にしても、止めたりはしないかもしれないかもしれなかったりするかも」
「・・・そ、そうよ!ちょっと聞いてよ!」
私の質問に、彼女はうっかり忘れていたという様子で手を打った。
「実はその、今度昔の仲間との集まりがあるのよ」
「昔の仲間・・・ああ、一緒に冒険していたパーティのことか」
彼女の話で何度か聞いたことがある。確か、最後の冒険の際にまとめて魔物になってしまい、そのままパーティ解散したらしい。
「それで、今度久々に会うんだけど・・・あたしだけレッサーサキュバスってのが、ちょっとね・・・」
「ちょっと、って何だ?恥ずかしいことなのか?」
「うん・・・あたしがレッサーサキュバスになってそれなりになるのに、未だにレッサーサキュバスのままっていうのが・・・その・・・あたしだけ未婚というか、あまり愛されていないみたいな感じで・・・」
「そういうことか」
配偶者を手に入れ、体を幾度も重ねれば、レッサーサキュバスも自然と並のサキュバスになるはずだ。
だというのに彼女がレッサーサキュバスのままなのは、少々恥ずかしいということだ。
「それで、外見だけでもサキュバスに近づけようと?」
「うん・・・」
レッサーサキュバスは小さくうなづいた。
確かに、体のあちこちを覆う体毛を取り除いてしまえば、未成熟な、なりたてほやほやのサキュバスに見えるだろう。
「しかしそれでいいのか?根本的な解決には・・・」
「半分ぐらいはあたしの気持ちの問題なの」
私の言葉を、彼女はそう遮った。
そうか、ならば仕方ない。
「分かった・・・惜しいが、剃ろうか」
「ありがとう」
彼女は短く例の言葉を口にした。
「じゃあ、集まりの直前だとばたばたするから、今から少しずつ・・・ってうわ!?」
彼女が言葉を断ち切り、突然声を上げた。
「どうした?」
「どうしたって・・・あなたがどうしたのよ、その涙・・・」
彼女の指摘に、顔に指で触れてみると、なぜか頬が濡れていた。
頬をぬらす液体をたどると、彼女のいうとおりそれは目から溢れでていた。いつの間に?
「・・・まさか、今から剃るのが辛いのか・・・?」
俺の心の奥底、精神の表面には浮かび上がってこない本当の気持ちが、目から溢れでたのだろうか。
「辛いのかって・・・あなたさっき同意してくれたじゃない」
「表面上はな・・・だが、俺の本心は違ったようだ」
溢れでる涙を袖でぬぐい取ると、私は洗面所に向かい、普段髭を剃るのに使っている剃刀を手に取った。
「考えてみればそうだ。私は君のことが・・・手足はもちろん、毛の一本に至るまで好きだ・・・」
「うーん・・・ありがとう・・・?」
剃刀を皮砥で磨きながらの俺の言葉に、彼女は首を傾げた。
「だが、今まさに、私は君の体の一部を剃り落とさねばならない」
「そんな、大げさな・・・」
「大げさ?私には君の毛一本も、君の腕や足と同じぐらい愛おしいんだ。毛を剃るというのは、腕を切り落とすのと同じぐらい辛いんだ」
正直なところ、抜け毛も回収してしまいたいところだが、言ってしまうとドン引かれそうなので胸の内にし
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