とある闘技場のリングに、幾人もの客の姿があった。
石材のリングを囲み、声を上げている。
リングの上には、斧を手にしたミノタウロスと弓を構える男、そして観衆の目も気にせず抱き合うドリアードと男の四人がいた。
ドリアードの足下には大きな植木鉢があり、そこからドリアードは生えていた。
「へ!見せつけてくれるねえ・・・」
緊張のためかいくらかぎこちない男と、にこにことほほえむドリアードに向けて、ミノタウロスは言った。
「とっとと片づけて、控え室に引き上げるぞ」
「こんなんでご褒美がもらえるなんて、ちょっと申し訳ないけどねえ」
弓を手にいた男の言葉に、ミノタウロスは唇を舐めた。
そう、この闘技場は、武術に心得のある魔物と人間の夫婦が、絆を確かめ、深め合うための場だった。
勝てばご褒美、負けても反省会という、楽しい楽しい闘技場。
「ふふふ」
ミノタウロスと弓の男の夫婦をみながら、ドリアードは抱き寄せた配偶者の頭をなでた。
「始めっ!」
審判が声を上げると同時に、ミノタウロスがリングを蹴る。
斧を振りあげつつ、距離を詰める。彼女の巨体から放たれる重圧感は、見る者を思わず飛び退かせるほどの重みを備えていた。
だが、多少避けられたところで問題はない。むしろ、避けさせる方が彼女の狙いなのだから。
ミノタウロスの背後、先ほどと変わらぬ位置に立つ男は、弓に矢をつがえ引き絞っていた。
妻の背中の右か左。彼女の突貫を思わず避けた対戦者を、射るためだ。
鏃に塗ったホーネットの麻痺毒が効いて、片方がダウン。これがこの二人のこれまでの勝利のパターンだった。
だが、ドリアードは男を抱き寄せたまま、薄く微笑んでいるばかりだ。
ミノタウロスが見る見るうちに距離を詰め、ついに振り上げていた斧を振りおろす。
ドリアードと男に斧が迫る。だが、刃がドリアードにぶつかる遙か手前で、何かが斧とドリアードの額の間に飛び込んだ。
木の枝だ。
指ほどもない太さの木の枝が、ドリアードがしなだれかかるようにしている樹木から延びていた。
すると、細い木の枝にぽつぽつと小さな芽が生じ、そこから枝が新たに生える。細い、風が吹けば折れてしまいそうな弱々しい枝は、見る見るうちに太さを増し、新たな芽をその表面に生じさせた。
芽吹き、延び、互いに絡み合って一体となりながら成長する。
そして、斧が翳された枝に届く頃には、既にそこには横倒しになった樹木のごとき幹があった。
鋼の刃が樹皮を突き破り、幾重にも折り重なって構成された幹を割っていく。普段ならば、ちょっとした木材も真っ二つにするミノタウロスの一撃だったが、切断されながらも枝を伸ばし、太く、堅くなっていく木材の前には、刃を止めざるを得なかった。
「く・・・!?」
ついに斧の刃が幹に食い込んだままビクとも動かなくなる。
引き抜こうにも、割られたばかりの断面から新たな木の芽が生じ、傷口を塞いでいく。
「離れろ!」
弓をつがえた男の声に、ミノタウロスは斧を捨てて飛び退いた。
すると、横倒しになった樹木の向こうで、ドリアードが一瞬ほほえみ、その姿を枝葉の向こうに隠した。
いや、隠れてしまったのだ。際限なく芽吹き、成長し続けるドリアードの樹木が、彼女の女体と夫の体を飲み込んだのだ。
枝が蔓のように延び、二人の姿はおろか、自身が植えてある植木鉢さえも包み込み、さらに成長していく。
ミノタウロスは無論、弓を構えていた男さえもが、巨大化していく樹木を見上げていた。
そして、幾重にも折り重なった枝と蔓の塊から極太の幹が二本生じ、石のリングを広がった枝でとらえ、立ち上がった。
遅れて蔓が互いに絡み合いながら二本の幹を構成し、塊の左右に垂れ下がる。
数秒後、そこには樹木でできた巨人が立っていた。
「・・・・・・・・・!」
巨人が蔓の塊を掲げて、声なき叫びを上げた。
威嚇するようなその様子に、男は思わず引き絞っていた矢を、巨人に向けて放った。
矢がまっすぐに飛び、巨人の喉のあたりに突き刺さる。しかし、ホーネットの麻痺毒といえども、樹木の塊に効果はないらしく、巨人は平然と立っていた。
「う、う・・・うぉぉぉおおお!」
夫の攻撃が効かなかったことに、ミノタウロスが声を上げて突進した。
夫の次の一撃の時間を稼ぐための、捨て身の一撃だ。
だが、彼女の体が巨人の足にぶつかる直前、両足を構成する極太の幹から枝が生じ、ミノタウロスの体を受け止めた。
「は、放せ・・・!」
ミノタウロスが声を上げるが、枝と蔓はしゅるしゅると彼女の体にまとわりつき、彼女を拘束していった。
そして、ミノタウロスの動きを完全に封じたところで、巨人が弓を手にした男の方を見た。
「・・・・・・降参だ・・・」
引き絞ろうとしていた弓をゆるめ、矢ごとリングの上に置き、彼は小さく両手を掲げた。
石のリングの上で、樹木
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