カラステングの集落に連れられて、どれほどになるだろう。
彼女たちにさらわれた俺に言い渡されたのは、この山のカラステングたちの頭領となることだった。
何でも、彼女たちの占いの結果、俺がなにもかも彼女たちの頭領にふさわしい資質を備えているかららしい。
「だというのに、どうしてお前はそう物覚えが悪いのだろうな」
書取練習をする俺に、頭上から呆れをはらんだ声が降り注ぐ。
筆を止め、顔を上げれば、一羽のカラステングが俺を見下ろしていた。
すらりと背が高く、細身でやや面長で、よく見れば青みを帯びている黒髪の彼女こそ、俺の先生だった。
武道や術などは専門の先生が付いて教えてくれるが、彼女はそれ以外の、読み書きや計算、礼儀作法から頭領としての立ち振る舞いについてを教えてくれている。
「しかたねえよ・・・ついこの間まで、筆なんて見たことねえんだから・・・」
俺が暮らしていたのは、貧しい農村だった。朝から晩まで畑仕事をして、日々を過ごしていたから文字とは無縁だった。
「正しく言い直せ」
だが、先生は俺の言い訳に腕、いや紙と同じ色の翼を組んで、そう命じた。
「・・・そうおっしゃられても、私はつい先日まで筆を拝見したことすらないもので・・・」
「うむ、まあ良しとしよう」
『正しい』言葉遣いに、先生は頷いた。
「しかし、本当に読み書きを覚えるだけでなく、他に出しても恥ずかしくない字を書けるようにならないと、少々まずいぞ」
「まずいって・・・正直、あっちこっちに掛けてある掛け軸の字と、俺の字はそう変わらないように見えるんだけど・・・」
「掛け軸の字は、普段書く文字とは違う。あれはそういう絵だと思え」
先生はばっさりと俺の抗弁を切り捨てた。
「考えても見ろ、この山の一族を統べる頭領が、立派に偉そうにしているくせに、へったくそな文字を残して見ろ。失笑物だぞ」
言われてみればそうだ。俺はあまり会ったことがないが、今の頭領の字が下手だったら、少しだけ笑える。
仮に頭領の近くの偉いカラステングなら、普段との差に笑ってしまうかもしれない。
「達筆であれとまでは言わない。だが、頭領にふさわしい、誰もが読める丁寧な文字を書くよう心がけろ。そうすれば、自然と字は整っていく」
「まあ、確かにそうだけど・・・」
こっちは一文字一文字必死に思い出しながら書いているのだ。無茶な注文だ。
そして、どうにか手本を書き写す練習を終えたところで、カーンと鐘の鳴る音が繰り返し響いた。
「ん、時間だな・・・じゃあ、今日はここまでだ」
夕刻の訪れを告げる鐘の音に、先生が書取練習の終わりを告げる。
だが、俺は書取練習が終わったことに対する喜びよりも、明日までの宿題が言い渡されることについての気の重さが大きかった。
「今日の宿題は・・・といいたいところだが、今日は宿題はなしだ」
「え?本当に?」
「うむ」
先生の言葉に聞き返すと、彼女はそう頷いた。
「その代わり、今夜は夜間授業がある。風呂まですませたら、私の部屋に来い」
「ああ、やっぱり・・・」
俺はがっくりとうなだれた。夜間授業と言うことは、星見か月相判じの練習だろう。書取練習の宿題より楽ではあるものの、夜半過ぎまで続く授業のおかげで翌朝はひどく眠たいのだ。
「今夜の授業は、お前が頑張れば早く終わらせることができるかもしれないから、早めに来るように」
「はーい」
「では、片づけをしておけ」
彼女はそう俺に命じると、部屋を出ていった。
食事をし、風呂で体を清め、先生の部屋へと向かう。すると、廊下の角のところで、従者を引き連れた一羽のカラステングと会った。
「あら、次期頭領様」
薄く化粧をし、黒髪を結い上げたカラステングが、俺に向けてそう口を開いた。
「ああ、西のお嬢様・・・」
「お嬢様なんてよそよそしい・・・名前で呼んで下されれば結構ですのに」
うふふふふ、と笑いながら、彼女は俺にするすると滑るように歩み寄った。
「ところでこんな時刻にどうされましたか?」
「ちょっと、夜間授業があるので・・・」
「あら、ご精がでますねえ・・・でも頭領になるには必要なこと。ぜひ、わたくしの為にも、立派な頭領になられてくださいね」
「『わたくしの』?『あたし』の間違いじゃないかしら?」
横からの言葉に、俺と西のお嬢様の視線がそちらに向けられる。すると、うなじのあたりで短く黒髪を切りそろえたカラステングが、やや早足でこちらに向かってくるところだった。
「東のお嬢様・・・」
「よそよそしいわねえ、名前でいいのよ、名前で」
彼女は俺に一度笑みを向けてから、髪を結い上げたカラステングをきっとにらんだ。
「全く、西の連中は小狡いわね。勝負はまだ先だって言うのに、次期頭領に媚びを売って。そうでもしないと勝てないのかしら?」
「あら、従者もつけずお屋敷をうろつき回って、次期
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