ダンジョンを探索していると、宝箱を見つけた。偉く古びた宝箱だ。
縁の金属部分など錆に覆われており、相当放置されていることがわかる。
だが僕は、宝箱に歩み寄りなどせず、そのまま無視して通り過ぎようとした。
すると宝箱の方から、不意に蝶番の軋む音が響いた。
「ねえ、そこの君・・・」
静かながらも奥に熱を抱えた、妖しい色気の含まれた女の声が、僕の背中に投げかけられる。
「宝箱、見落としているわよ・・・」
「見落としてません。ミミックだから見逃したんです」
あの宝箱が、見ミックであることを知っているからだ。このダンジョンはすでに完全に探索されきっており、僕のような駆け出し冒険者がマッピングの技術を身につけるために立ち寄るぐらいにしか使われていない。
先輩冒険者は、あのミミックは目印のようなものだと思えといっていた。
足を止め、振り返りながら答えると、宝箱のふたが薄くあいているのが見えた。
「もう、そんなこと言って・・・いいわ、そういうことにしておいてあげる」
「ああ、はいはい・・・」
「それよりちょっと話しない?私、こうやって人と話するの久しぶりなのよ・・・」
僕はミミックの言葉に、ちらりとダンジョンの奥を見た。まだマッピング訓練中だが、別に時間制限があるわけでもない。
「わかりました」
少し話をするぐらいならいいだろう。
僕は軽い気持ちで、ミミックの方に歩み寄ろうとした。
「あら、だめよ」
「え?」
宝箱まで後数歩、というところで、蓋の隙間から彼女の声が僕を制止した。
「ミミックに不用心に近づいちゃだめ。いきなり蓋が開いて、麻痺の魔法をかけられるかもしれないわよ?」
「そ、そうでしたね・・・」
気軽に話しかけてくるから忘れていたが、ミミックはそうやってうかつな冒険者を襲うのだ。
「基本的に、ミミックは蓋が開けられるまでじっとしているけど、近づいたところを不意打ちもあるかもしれないわ。だから、私がミミックへの近づき方を教えてあげる・・・」
「はあ、ありがとうございます・・・」
妙に艶めかしい、ぬめりを帯びたミミックの言葉に、僕はかすかな恥ずかしさを覚えながらそう答えた。
「いい?ミミックの背後に空間があるときは、後ろにそっと回り込むの・・・ほら、やって・・・」
「はぁ・・・」
言われるがまま、足音を忍ばせながら、宝箱の後ろに回り込む。
「それで、次は?」
「蓋が急に開かないように、蓋の上に覆い被さるのよ」
彼女がそう言うと同時に、蝶番が軋みを立てて蓋を閉ざした。
隙間がなくなったせいで、彼女の言葉も途切れたが、どうやらやれ、ということらしい。
「・・・・・・」
僕は宝箱の真後ろにたち、彼女の指示通り蓋の上に上半身を被せるようにして、体重をかけた。
「そうよ、そう・・・ふふふ、若い男の子って力が強いわねえ・・・」
蓋を持ち上げようとする力が数度加わり、ミミックのどこか嬉しげな声が響いた。
「それで、次はどうするんですか?」
「そのまま宝箱の鍵をいじるのよ。ミミックはそこが弱点だから・・・さ、早くゥ・・・」
鍵穴から、楽しげに何かを期待するような声が響くが、僕は小さく頭を振った。
「すみません。錠開けの技術は身につけてないので・・・」
「鍵開けも何にも必要ないわよ。ハリガネつっこんで、軽くかき回してあげるだけでいいのよ。ほら・・・」
「ですから、錠開けの技術がないから道具も持ってないんですよ」
妙にせかすミミックに、僕はそう理由を説明した。しかし、彼女はそれで諦めるわけでもなく、僕に向けてこう続けた。
「大丈夫よ、指があるでしょう・・・?普通の子は指なんて無理だけど、ほらよく見て・・・私のそこ、大きいでしょ?」
言われてみれば、彼女の宝箱の鍵穴は指が入りそうなほど大きい。
「触ってみて・・・」
言われるがまま、指を伸ばし、錆の浮いた鍵穴の縁にふれる。
ひんやりとした金属の冷たさと、錆特有のざらつきが指の腹を迎えた。
「そう、そうよ・・・いきなり指を入れず、大きさを確かめるみたいに、縁をなぞって・・・」
穴の奥から響く声に命じられるがまま、僕は鍵穴をさすった。
錆のおかげで鍵穴の縁は丸みを帯びており、金属製品にありがちな縁の鋭さは全くなかった。
「指が入りそう・・・?」
「はい、多分・・・」
妙な緊張感を覚えながら、僕はうなづいた。
「だったら、穴に指を入れて・・・ゆっくり、優しくよ・・・」
最後に、鍵穴に罠があるかもしれないから、と付け加えた彼女の穴に、僕はゆっくりと指を沈めた。
指の腹や爪を縁に浮いた錆がこすり、指先に小さな金属片の感触がふれる。
おそらく、錠前と閂につながる機構なのだろう。
「指に何か触った・・・?」
「はい、小さい金属が・・・」
「それが錠の部品・・・それを動かせば、鍵の開閉ができるわ・・・動かしてみて・・・」
指先
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