エルンデルストの山にて

大陸の南北に横たわり、東部とそれ以外を隔てるダッハラト山脈。
折り重なる山の一つに、彼女は住んでいた。
彼女は山に古くからある巨木の一本に頭を下げ、そのウロを住処にしていた。
そしてその巨木の家の前に、彼女は立っていた。
山と山の間に小さな村があり、朝日が村を照らしている。
だが、彼女の視線は村ではなく、村を囲む山の一つに向けられていた。
「・・・・・・」
無言で山の稜線を見詰める彼女の双眸が、木々の間を移動する何者かの姿を捉える。
それは山間の村に住む者でも、彼女のように山に住む者でもなかった。
「ティリアさーん!」
高い呼び声と羽ばたきの音と共に、彼女の傍らに一つの影が舞い降りた。
身軽そうな服装に、カバンを背負った幼いハーピィだ。
「おはよう、ツバサちゃん。早かったわね」
「はい、おはようございます!」
彼女の言葉に、ハーピィの少女は元気良く答えた。
「早速だけど、コレを届けてくれるかしら?」
そう言いながら、彼女は手にしていた紙を三枚差し出した。
「この二枚はアヤとシェーザのところに。コレはヨーガンのところに。先にアヤとシェーザのところに届けてね」
「はい!分かりました!」
彼女は大きく頷くと、背中のカバンに受け取った紙を大事に納めた。
「じゃあ行ってきます!」
大きな挨拶と共に彼女は数歩走り、空へと羽ばたいていった。
「・・・・・・」
徐々に小さくなっていくハーピィの少女を見送る彼女に、ひんやりとした朝の風がそよいだ。
背中に届く金色の髪とその間からのぞく長い耳が、風に揺れた。







山の中を十人の男たちが移動していた。
いずれも薄汚れた衣服や毛皮に身を包み、武器や荷物を背負い、携えている。
筋骨隆々、とまでは行かなくてもそれなりに立派な体格から察するに、彼らは盗賊か山賊といったところだろう。
彼らの目的は、このダッハラト山脈に存在する、エルンデルストという村だった。
この近辺に存在するファレンゲーヘという町は、近年成長を続けており、やがては大陸東部との交易の要になるといわれている。
そのため彼らは、ファレンゲーヘを出入りする商人や旅人を襲うための拠点として、この小さな村を手中に収めることにしたのだった。
人数こそ少ないが、彼らにはそれだけの自身と力があった。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
声を潜め、辺りに注意を配りながら、彼らは黙々と森の中を進んでいた。








所変わって、村を見下ろす山の一つの中腹に、沼が一つあった。
水面には青空が映りこみ、辺りを囲む木々と相まって、ある種清浄な景色を形作っている。
しかしそこに川は流れ込みも流れ出もせず、ただ水が溜まっているだけの沼であった。
そして、その沼のほとりの岩の一つに、何者かが腰を下ろしていた。
「それでね、セーナちゃんたら酷いのよ。『お前には二度と会わせん』って、木刀で私を追い払うのよ」
眉間に皺を寄せながら愚痴をこぼすのは、東洋系の顔立ちの美女であった。
長い黒髪を結い、着物と呼ばれる東の民族衣装に身を包んでいた。
着物の胸元は大きな乳房によって押し上げられており、白いうなじが魅力を放っていた。
だが、彼女の腰から下は巨大な蜘蛛になっており、岩の上に黄色と黒の縞に彩られた巨大な腹を乗せるようにして腰掛けていた。
「それ・・・自業、自得・・・」
「でももう一月も前のことよ?」
いずこからか聞こえてきたおっとりとした声に、彼女は応じた。
「もうそろそろ許してくれてもいいじゃない。私もアル君と仲直りしたいし」
「仲直り・・・の、意味による・・・」
「それは勿論・・・」
「アヤさーん!シェーザさーん!」
何者かと会話をしていた東洋のアラクネの元に、高い声が届いた。
彼女が顔を上げると、沼の上部に広がる青空から、小さなハーピィが舞い降りてきているところだった。
「おはようございまーす!」
「あら、おはよう」
「おは、よう・・・」
高度を落としながらハーピィの少女が放った挨拶に、二人が応える。
「ティリアさんから、お二人にお手紙です!」
カバンから取り出した二枚の紙を、彼女は岩に腰を下ろすアラクネ、アヤに向けて差し出した。
「お二人が一緒でよかったですー」
「ありがと・・・ほら、シェーザ」
アヤは受け取った手紙の宛名を確認すると、一枚を沼の水面へ落とした。
「あり・・・がとう・・・」
何者かの声があたりに響き、水面に浮かぶ紙が水中へと消えていった。
「ええと、何かしら・・・ふぅん・・・なるほどね」
アヤは手紙を一通り黙読すると、顔を上げた。
「ツバサちゃん、返事を書きたいんだけど・・・」
「はい、ありますよ」
ツバサはカバンを探ると木の板と紙、ペンとインクの入った瓶を取り出し、アヤに差し出した。
「どーぞ!」
「ありがと」
彼女は受け取り、木の板を支え
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