「おおい、出てこーい」
海沿いの民家の、母屋と倉庫の隙間をのぞき込みながら、俺はそう呼びかけた。
「機嫌損ねたのは謝るからさ、出てきてよー」
顔がぎりぎりはいらない程度の幅の隙間に向けて呼びかけると、奥の暗がりで動くものがあった。
「そうそう、こっち。こっちに来て・・・」
暗がりの隙間に手を伸ばすが、ぎりぎり届かない。
「どうしました?」
不意に俺の背後から声がかかった。
振り返ると、近所にすむ男が、不思議そうな顔で俺を見ている。
「猫ですか?」
「ええ、そんなところです。ちょっと機嫌を損ねて、ここに逃げ込んだので」
腕を隙間から引き抜きながら、俺はそう答えた。
「大変ですねえ」
「ええ。でももうすぐ出てきそうですし。ご心配おかけしてすみません」
「いえ、こちらこそお邪魔してすみません。がんばって」
男はぺこりと頭を下げると、歩き去っていった。
「・・・さて」
顔を正面に向けるが、母屋と倉庫の隙間の暗がりに、先ほどまでうずくまっていた影はない。
顔を上に向けると、倉庫の天井にほど近い二階の窓が開いていた。どうやらあそこから入ったらしい。
どうやら、ご近所さんの声を聞いて多少冷静になったようだ。
俺は隙間の前から離れると、玄関から入り、まっすぐに二階に上がり、一室に入った。
「話を聞いてくれる気になったか!」
「ノゥ!」
俺の一声に、部屋の真ん中においてあった大きな壷が、そう返事を返した。
「単にご近所さんの声聞いて、ちょっと恥ずかしくなったから場所変えただけよ!」
「でもこうして俺の話を聞いて、返事してくれてるじゃないか」
「外で夫婦喧嘩見られたら恥ずかしいじゃない!さっきは猫に間違えられたからよかったけど・・・」
「まあ、俺にとって君はいつでもカワイイ子猫チャンだけどね」
壷の側に歩み寄り、屈みながら俺は続けた。
「壷の中でニャンニャンさせておくれよ、子猫チャン」
「全然うまくも何ともないわよ・・・」
壷の縁から、あきれ顔の女が顔をのぞかせた。
俺の妻にして、ベリキュート子猫チャンのスキュラである。
馴れ初めから今日までのことを話してもいいが、馴れ初めから今日までと同じ時間がかかるため、今日は割愛させてもらおう。
「でも、そんなにいやがるほどのことなのか?」
壷の側に腰を下ろし、おとなしく話をする姿勢を見せながら、俺は彼女に問いかけた。
「単純に俺は、君のベッド代わりの壷に一緒に入って、ニャンニャンしたいだけなんだ」
「それがイヤなのよ・・・この壷は、私にとって最後のプライベートスポットみたいなものだし・・・ほら、あなただってトイレ入るときは鍵かけるでしょ?」
「いや?」
「かけないの!?」
驚いたように、彼女は声を上げた。
「君とこうして暮らすまでは掛けてたけど、もうずっと掛けてないよ。鍵掛けてたら、君が乱入してきて『私の前でおしっこしてみろオラー!』ができないでしょ」
「しないわよ!」
「俺はいつでもウェルカムだから、好きなときに来ていいよ」
「だからしないわよ!」
「それは残念」
俺はいくらかがっかりしながら、そう呟いた。まあ、念のためこれからも鍵は掛けないでおこう。
「・・・とにかく、この壷に二人一緒に入るのは抵抗があるからやめてほしいのよ。狭いところで絡み合うなら、バスタブでもできるじゃない?」
スキュラの出した譲歩に、俺は頭を振った。
「バスタブじゃ広すぎて圧迫感が足りないんだよ。何というか・・・」
天井を仰ぎ、俺の内側にある感情を言葉にして、紡ぎだしてみる。
「君と出会った当初、何というか海の中で体絡み合わせたでしょ。あの顔以外を海水か君に包まれているって感触が、俺の密着嗜好の根本だと思うんだ。もちろん海水だけじゃ物足りなくなって、君に全身包まれたい、君で溺れたいってエスカレートするんだよ。そりゃ、結婚してここで暮らすようになってから、二人でお風呂に入ったりするプレイはとてもよかった。何てったって、顔以外を君の触手に包み込まれて粘液刷り込まれているわけだからね。正直風呂場で暮らしたいと思うぐらいすばらしい体験だった。だけどやっぱり物足りないんだよ。ほら、バスタブは上の方が開いてるじゃない?だからちょっと力を込めれば君の触手の間から腕ぐらい簡単に引き抜けそうで、密着してはいるけれど、あくまで君に浸かっているだけって気がしてしまうんだ。俺が求めていたのは、貪欲な君に絡め取られ、逃げることもできない閉鎖空間で君の触手に漬け込まれることなんだよ。俺の意志だけでは脱出できない、超密着君オンリー触手空間。それが俺の求めているものだったんだ。だから、君の使っているその壷に二人で入ってニャンニャンしたいんだ。いや、ニャンニャンさせてください。俺のカワイイ子猫チャン」
「ええと・・・」
俺の言葉に、彼女は若干困ったように間を挟ん
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