裏庭の野菜が、またナメクジにやられていた。
季節のせいもあるだろうが、ナメクジはいくら取っても後から後から湧いてくる。
なにかいい方法はないかと、道具屋の主人に聞いたところ、店で働いていたゴブリンが「ナメクジはビールが好き」と教えてくれた。
何でも大きな器にたっぷりとビールを注ぎ、屋外においておけば辺り一帯のナメクジが引き寄せられるらしい。
ただし、皿にほんの少しではビールを飲んで帰ってしまうため、ナメクジどもが溺死するほどの量が必要だという。
ビールの効果はすさまじいらしく、ゴブリンも一度やって一晩で悲鳴を上げるほどのナメクジを集めたらしい。
俺は早速、道具屋の倉庫で埃を被っていたビール樽を買い求めると、家に持ち帰って裏庭に置いた。
これでいいはずだ。
ゴブリンによれば、明日には樽ごと埋めてしまいたくなるほどのナメクジが捕まっているという。
思わず悲鳴を上げたくなる、という彼女の表現に心躍らせながら、男は家に入っていった。
そして翌朝、裏庭にでた男を迎えたのは、空っぽの樽と樽にもたれ掛かる女だった。
「・・・・・・」
「すぅ、すぅ・・・」
樽にもたれ掛かったまま女は寝息をたてており、男の視線に気がつく様子もない。
彼女の肌はじっとりと寝汗か何かで湿り気と艶を帯びており、髪の間からはしなやかな触覚めいたものが延び、その下半身はドレスのスカートのように広がっている。
明らかに人間ではないし、もちろん男の知り合いでもない。
「ああ、と・・・お嬢さん・・・?」
おそらく魔物であろう彼女に声をかけるが、彼女は胸を上下させるばかりで反応がない。
「全く・・・お嬢さん」
そう声をあらげながら樽にもたれ掛かる彼女の肩に手を伸ばした。だが、男の手が触れた瞬間、彼は思わず手を引っ込めた。
「ひゃぃっ!?」
指先に触れたぬるりという感触と、骨格を感じさせないぐんにょりとした肩。予想もしていなかった二つの感触に、彼は声を上げていた。
「な、何だ今の・・・」
指先に粘りつく粘液と残る感触に、男は指と彼女を幾度も見比べた。
何というか、野菜についていたナメクジをとった時のような感触だった。
「もしかして、こいつおおなめくじか・・・?」
伝聞で聞いたことのある、ナメクジの魔物の名を、彼は思いだした。
「ということは、こいつがビールを飲み干したのか」
樽は空で、彼女が眠っている。そして肝心のナメクジ自体は一匹も捕まっていない。
それらの状況から、男はそう結論を導き出した。
どうやら、ビールを一樽分無駄にしたようだ。
「全く・・・お嬢さん、おおなめくじのお嬢さん!」
ある程度覚悟を決め、男はおおなめくじの肩を掴んで揺すった。
すると彼女は、振動に寝息を弱め、薄く目を開いた。
「うにゅ・・・」
「ああ、やっと起きた・・・」
「うにゅ・・・すぅすぅ・・・」
男がほっと胸をなで下ろす間もなく、彼女は再び目を閉ざした。
「寝るな!」
ガクガクとおおなめくじの体を揺するが、妙にグニャグニャと体を震わせるばかりで、起きる気配はない。
そして男が揺するうち、彼女の姿勢が徐々に崩れ、ビール樽を枕に地面に寝そべるような姿勢になった。
「くそ・・・ぐっすり眠りやがって」
諦めとともに手をおおなめくじの肩から離すと、彼の手と彼女の肩の間に粘液の糸が張った。
無色透明で、掴めそうなほどねっとりとしている。
「・・・」
男の胸に、急に不安感が芽生えた。確か、子供の頃母親に『ナメクジで遊ぶと病気になるよ』と脅されたことがあった。
大人になってからは、そんなことが迷信だとわかったが、おおなめくじのような魔物が病気を持っていないとも限らない。
「・・・大丈夫だよな・・・」
男は手を鼻に近づけると、ねっとりと絡みつく粘液の臭いをかいだ。
臭いはしない。いや、微かにある。
「何だ・・・?」
鼻孔をくすぐった微かな香りの正体を探るべく、男はふんふんと鼻を鳴らした。
鼻から吸い込む空気に、微妙に匂いがついている。裏庭の匂いやビール樽のビールの残り香ではない。あまり嗅いだことのない匂いだ。
「・・・・・・?」
病気になるか不安になって匂いを嗅いだはずなのに、いつの間にか匂いの正体を探っていることにも気がつかず、男は粘液の匂いをかぎ続けた。
なんだろう。微かに・・・甘い香り?鼻とは違う甘い香りだ。
だが、男にわかるのはそこまでだった。
「うーん・・・」
男はうめくと、粘液にまみれた指先同士を触れさせ、くにゅくにゅと擦った。
粘液は男の指をつるつると滑らせ、何とも言えないくすぐったさをもたらす。
だが、それだけでは匂いの正体は分からない。
「・・・・・・」
男は指を開き、粘液の糸を張ると、じっとそれを見ていた。
そして、何気ない様子で粘液にまみれた指を口に含んだ。
先ほどまで、病気になるかもという不
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