老人と娘 グラキエスにおける会話

グレイシャと言えば、おぞましくもそれは美しい氷晶の精として語り継がれている。
よろずしもの王に仕えていたらしいが、その足跡を我々は辿れない。

「よろずしも。はて、聞いたことがないな」
「これ固有名詞でしょ。分解して読み取ったらこんな感じだと思うんだけど」
「はあ、成程なあ」
「当たってる?」
「採点は最後にするから読みなさい」
「はあい」

少なくとも彼女は村を迫る外敵から強固に守り、寒風の砦と謂われる迄になっている。
我等は

「わからん。これ固有名詞多すぎる」
「頑張りなさい」
「頑張れったってこれ無理ゲーじゃんかー」
「単位いらないのかい?」
「ほげええ」

さなだむし的な怪獣が軍を成して襲い掛かって来ては、氷雪で絡め取り、舐め尽くし

「これ精霊がさなだむし舐めちゃってるんだけど」
「そうか。続きを読みなさい」
「ウンディーネの時読んでくれたじゃん!何で読んでくれないの!?」
「何の為の勉強じゃ。先ず第一に翻訳できんと始まらんじゃろ」
「うげえ。古文めんどくせえ」
「教師の前でこの体たらくよ。これだから最近の若者は」
「それかなり昔の哲学者の言葉だっけ。先生も小さい頃は言われてたんだろうなあ」
「…どれ寄越しなさい。読んであげるから、ちゃんとノートに書き写す事」
「よっしゃ」


背筋を凍らせる美しさのグレイシャは、我等が村の氷晶の精として名高き存在だ。
本来彼女は氷の女王の眷属であるが、いつの頃からかこの村に住まうに至った。
この経緯を紐解くには、我々人間の有する時間が少な過ぎる為与わないだろう。
彼女は村外から迫る敵に対し、寒風の砦と恐れられる堅牢な守りを固めている。
赤髭の小人騎馬隊による数多き侵攻も、氷雪で身動きを封じ悉く体力を吸い取った。

「どこに舐め取ったなんて書いておった」
「知らないよ!」
「何故わしが怒られるんじゃ」

ただ、そんな無敵と思われていたグレイシャにも不調の日があったらしい。
我々はグレイシャに対して恩恵を受けるばかりでそれ以上の事はしていなかった。
恐らくはその報いを受けたのだ。
赤髭の小人に村を襲われ、多くの男が貝の如く捨てられた。
女子供は肉塊同然に貪られ、身籠るものも現れ、女自ら入水する事件が頻発した。
結局、殆どの女は村追放を余儀無くされ、泣き叫び抵抗したものは柱の礎にされた。
しかしながら村で最も美しく最も愛された長の末娘だけは例外として残る事となった。

「げろ。これノームの話よりきつい」
「よくある話じゃろう、外様の民を侮蔑するのも含めての。
 赤髭の小人騎馬隊という表現ですらかなり婉曲させた表現じゃ」
「じゃあそこの読み方だけは評価してくれないかなあ」
「寄生虫を充てた事は評価できるのう」
「よっしゃ」
「しかし課題は増やした方が良さそうじゃな」
「!?」
「どれ、読むぞ」
「…はい」

末娘から産まれた男児は大層美しく育ったが、母含め村民全員から赤毛を倦厭された。
そんな彼が一度の防戦失敗により肩身を狭めるグレイシャと身を寄せ合うのは極自然の事だった。
我々はまたしても報いを受けた。
結局氷晶の精に供物を捧げるどころか、蔑みの対象としていたのだから。
グレイシャと男がつるむようになってから数度目の冬の頃、村は嵐に見舞われた。
それが、もう何十日続いた事だろうか。
世間は春を通り越し、夏すら跨いで一通年以上の季節を廻らせている筈なのだ。
最早狩りに出掛けようにも誰一人として戻って来ず、雪で埋まりきった家すらある。
きっといずれの村人も骨と皮ばかりになった髑髏顔を転がしているに違いない。
嗚呼、外に出たくない。
外に出たとて、雪としゃれこうべの白が今のわたしに見分けがつくだろうか。
来る所まで来たのだろうか、わたしはとうとう不思議と腹が空かなくなって久しい。
妙に部屋の中が暖かくすら感じるが、わたし自身の屍躯も見当たらない。
こうして筆も取っている分、恐らく亡霊には成っていない筈だ。
嗚呼、救いの神など太古の時代に握り潰され塚に埋められているのだ。
何故我々は赤髭の小人どもに襲われなければならなかったのだろう。
あいつらこそが破滅すべきではないか。

「とまあ、こんな感じじゃの」
「後味クソ悪いし、これあんまり精霊史っぽくないと思うけど」
「もう口の悪さには突っ込まんぞ。想像してみなさい。何があったか」
「あちゃー、有無言わさずだったかー」
「ほれ」
「ん、んーと。
 嫌われ者同士が結ばれて、多分、氷が穢れたのかなあ?
 氷が穢れるって今一つ解んないけど、だから嵐になった、とか」
「ふむ。因みにこれを残したものは女性の筆記官じゃろうと言うのが通説じゃ。
 それなりに大きな村跡だっただけあって、政治水準もそれなりだったろうしの」
「結局村はどうなったの」
「遺跡として綺麗
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