「お」
氷雪に包まれた極寒の地方。
無数の煙突から白煙をだらしもなく垂れ伸ばし夜を終える街。
その栄え半ばの半都会を囲む森の奥に、静かに潜む異界の入り口があった。
「サンタクロース特集とな」
異界奥の民家で男が揺り椅子を漕ぎ、新聞を捲り広げて呟いた。
その声に、開かれた間仕切り先の白い寝台から影が跳ねる。
「なに」
ぴんと体を跳ねさせて起きたのは、小柄な黒いものだった。
「え、どれ」
「見るか」
「うん」
部屋の闇から文字通り飛びぬけた黒いものは、しかしその背に闇を残したまま男の膝のうえに乗り、男の広げた記事を探しだす。
ぽふん、と軽くも確かな重みに椅子が多少前後し、男は黒いものを抱きとめた。
ほら、ここ、と男が左手を擦らして親指に記事の位置を示す。
「なんだ、あんまり載って無いの」
「次面に続いているみたいだけど、いいかい」
「待って」
「ん」
黒いものは、それと称する所以となる艶色濃い翼を動かした。
彼女は昔から心揺さぶられた時に自然と翼をぱたつかせる癖があった。
男はそのリズムに合わせて揺り椅子をゆらつかせる。
すると、黒いものから揺らさないでと口調きつめにぴしゃり言い放たれる。
「ああ、わかった」
これを受けた男は渋々といった風もなく、ただ悠然と揺り椅子の木弧から床に足を置く。
男の視界には吊り灯篭に照らされた記事と、それを懸命に見る白毛青肌の少女と、わき目遠めにちらちら燃える暖炉の光程度しか写っていない。
が、少女の髪が僅かな光も逃すまいと輝き、男の目はその光に大半を占められていた。
加えて、その髪からは上質のクリーム菓子に似た甘さの、かつ高級な紅茶のように潤った香りが立ち上る。
「次いいよ」
「ん」
その動きと裏腹なまどろみを含む声で急かされた男は新聞を捲り、紙の端が黒いものの鼻頭に触れた。黒いものは唸り、鼻を鳴らしてから右人差指で鼻をこすり、それから紙面を食い入るように見つめた。
黒いものの頭で記事が見えなくなった男は、しかしそのまま黒いものの椅子となったままに腕を手摺に落ち着かせる。
「たかが新聞の癖に結構生意気な言い回し使ってくれちゃって」
あらかた記事を読み終えたのだろう、黒いものは男の胸に背中を預けて足を揺らす。
それは彼女と男の共通の合図であった。
男は新聞を畳んで黒いものの膝上に置き、ふわりゆらりと椅子を揺らし始める。
「はは、そうか」
「うん。何てーかな、相変わらずこういうのって大袈裟だよね」
「相変わらずか」
彼女は機嫌のいい雰囲気で、男も微笑み言葉を受けるだけに留めていた。
「うん。どこも、かしこも」
揺り椅子が男の意図しない力で揺れた。
黒いものが前後回転して座りなおり、男と向かい合って見上げる体勢となる。
その小さい手が男の肩に掛けられると、畳んだ新聞の落ちる乾音が男の耳に入る。
黒いものが男の首元に吸い付き、男は黒いものの髪のにおいを直に吸いこんだ。
視線が結ばれる。
男は黒いものに覆い被さるように、黒いものは男に届くように、互いを近づけていく。
そして鼻をあわせ、下唇から吐息を交わしていく。
「結局またするのかい」
「そりゃあするよ」
黒いものは微笑み、男の股座に手を伸ばした。
「何てったって、この日のあなたはこれ以上なく特別だから」
とある豪雪の魔界において、白煙を煙突から立上らせた一軒家。
クリス・クリングルはその中の揺り椅子を少々激しめに揺らして肉の歓楽を味わった。
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