改編少年録

 この世界は不思議で充ち満ちていた。
 だって、そうだろう。
 人が花と恋する伝説があった。
 人が魚に成るお伽噺があった。
 人が魔性と化す寓話があった。
 我らの祖先は、きっとそんな夢物語が大好きだった。
 そうじゃなければ星座なんて、誰が思いついた事だろうか。



 熱中症に気を付けようが気を付けなかろうが、外を歩けば倒れてしまうと錯覚させる強暴さを秘めた日差しと照り返しの夏の日。草々が身の成長を謳歌する青い大地の中、疎らに在する茶軸の緑は凪ぐ風に揺れず、茂りに誇っている。少年は周囲と自身に溜まりゆくばかりの熱に浮かされて、大きな木陰で茹だりきっていた。彼は大きく節くれだった木の根と一体化するかという程に動かざること山の如しを体現しており、ただ黙って空の青を眺めている。沈黙することや仰ぐことといった少年の現行動の全ては、夏の暑さに精神を殺されかかっているためである。しかしながら少年は何らかを思案することすら、一人では侭成らなかった。何をするまでもなく疲労し、そして何をする気にもさせない熱気であったのだ。天上高くに映える青は仰ぎ見ている少年を引き込もうとより青くより青く彩度を上げており、少年はと言えばそれに引き上げられ昇ってしまわないように、木へ対してほぼ全体重で崩れきっている。それは座ると言うより寄りかかると表現した方が辛うじて合っているのだろうという、非常に曖昧な体勢であった。
 顎から喉に伝う汗が服に染み入り、服の色は一部だけ濃くなった。もう何度同じ現象を繰り返した事か。その染みは直ぐに渇き落ち、元々あった色に戻っていく。

「暑がりね」

 樹上から、涼しげな声が聞こえた。

「貴女が変なんですよ」

 少年は気怠そうに唸る。
 そこで自身の渇いている喉に気付いて水を欲するが、生憎少年は何も持っていない。
 木の上の方が本当は涼しいのだろうかなどと考えるが、身体を動かす気力もない。
 仕方がないとばかりに、非常にゆっくりと首を動かした。
 熱で弛緩する首の筋肉が若干の痺れを伴って木陰を覗く。
 視界の端、幽かな暗がりの中から、細い脚が映り込む。

「人間ってのは相当に弱いんだから、やんなっちゃうでしょう」
「いやぁ、それが全く」
「諦めて認めちゃえばいいのに」

 くすくすと、あくまでも慈愛に満ちた声は笑う。
 面白いことや楽しいことがあるのだと、その小さくも通る声は高々と主張する。

「魔界はいいところよ」
「嫌」
「むう。どうしてそんなに強情なのかしら」

 女の声は朗らかであった。
 その上機嫌も、彼女の心情を知れば解り得るところはあった。彼女は後ほんのもう一息だけで永遠の愛を手に入れ、半永遠を恋に燃え盛り愛の疼きを晴らしていられると思っているのである。当然ラストスパートよろしく意気込んで、その相手である少年に近づき、話し掛ける。

「認めちゃったら、僕は終わりだろう」

 少年は無言で首に掛かる力を緩め、再び全身を木の根元に預けて空を見る。彼女の事を鬱陶しいとこそ思っていないが、それでもやはり今の彼女にいい思いをしている訳ではない。愛される事に疲れていたと言ってしまえば究極に容喙な表現となってしまうものの、それもあながち間違った答えではなかった。
 溜息を漏らして、呻く。
 すると、娘は木の上からすらりと伸びるシルエットの足を下ろしてきた。暗色のタイツに、アンクレットを模した端から始まる黒と白のブーツ・カット型のレッグ・アーマーを付けている。異常なことに、彼女と言う存在はタイツ越しからであったとしても、その五指ひとつひとつが妖艶の気を放っており、一目見るものにも衝動を中てつける。そこに例外は無く、少年も同様である。彼女を一端だけでも見たならば目に一筋血が走り、視神経を通って脳が揺さぶりかけられる。心の臓を柔らかい手で包まれ、そこから優しく力を加えられている感覚を覚える。

「ううん、始まるの」

 本来であれば姿に匹敵する衝動を聞く者に与え、心を掻き乱す性質を持っている彼女の声が、だらけて否定する少年を甘く諭す。
 しかしながら彼はこれらの衝動に対して剰りに永く触れて来ており、彼女に対して起こり得る衝動に既に慣れきっていた。少年はこの衝動を、日毎の生活のうちに起こる定期的な発作だと錯覚すら抱いているのである。そんな少年を一種の中毒者ではないかと呈しても、彼自身は神妙な表情をとろうが地団駄を踏もうが、否定の句を漏らす事は無かった。事実、そうであった為である。

「…何さ」

 女はくすくすと笑いながら、少年の視界に足を往来させていた。少年は面倒だと言わんばかりにその足を睨め付ける。しかし、彼女は少年のその仕草に対して一層の喜びなり楽しみなりを得るらしく、少年が無視を決め込んでから少々の時間が経つまで、ふらふ
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