AM_04:00
仕事人の朝は早い。
しかしながら低血圧気味の男は、普段から早朝起床を不得手としている節がある。
したがって、「ちょっと、もう時間だよ」と、白いものが男を起こす。
そもそも冬の朝である。
白夜でもない地域のため、未だ暗い。
その暗闇の中での目覚めと同時、男は時期の到来に軽く後悔する。
時節の過ぎ様は酷く、この年であった様々な事象や情勢が思い起こされる。
また、この記憶を振り返ったときは経過した時間の程にいささか驚くところでもある。
男は中身の潰れた羽毛布団を剥ぎ取り、木組みの寝台から転げ落ちるように離れた。
寝台の脚の一部が腐り始めているため、買い替えを検討しなければなるまい。
余計ながら必要な家計を唸りつつ手洗い場に立ち、水で顔を洗い、口を漱ごうとする。
だが蛇口からは何も出ない。
そういえばと、昨晩に水道の元栓から水抜き行っていない事を思い出す。
頭を掻いて頭垢を散らし、目脂を取った。
「あ゙ー」
男は重い足取りで居間に向かう。
火の小さくなっていた薪ストーブから灰を掻き出し、古い新聞紙と薪を投入した。
そして椅子に掛かっていた厚手のコートを寝巻きのまま羽織り、裏口に行く。
一枚石でできた裏口床には、屋外から凍結が侵食していた。
嘆息しながら毛皮で温もりのある長靴を履き、そのまま外に出た。
外に出ると、まず寒風が顔にぶち当たる。
一つ大きく身を震わすと、裏口横で逆さまになっている桶を持つ。
手に痺れが渡るほど桶は冷たく、男は一瞬だけ桶を睨んだ。
不意に馬車の音が近くからして顔を上げたが、鳥以外の生き物は見えない。
肩を落としてそのまま歩き、井戸の木蓋を開ける。
木の板に金具で番状にされた蓋が、立体的にずれ動く。
蓋上にあった雪の小さな塊が、明るみの少ない井戸の中に落ちていった。
井戸の底からは、まだ外気よりも温かそうな雰囲気が漂っている。
無言で見つめた後はただ井戸梁のロープを下ろす。
ほんの少しだけ、温く感じてしまう井戸水を汲み出す。
「遅かったね」
居間にある専用の椅子の上でぱたぱた足を揺らす白いものが、男を見て笑う。
その息は未だに白い。
この部屋がまだ充分に暖まっていない事を指すに都合のいい室内温度計だ。
しかし白い息を吐きながらにして、当のものは全く寒そうに見えない。
恐らく体温管理が人間と違う機構なのだろう。
推察する程度で、男はそれを特に取り留めないことであると片付ける。
「ふうん、雪降ってるんだ」
白いものが男の頭の上を見て笑う。
このいじらしく笑う顔は、何か良からぬことを企んでいる様な表情に思える。
少しだけ頭上に積もって居た雪を振り払いながら、男は両肩を大きく震わせた。
男は極冷水の入った桶を台所に持っていく。
棚からケトルを出し、その桶の内のいくらかを入れてストーブの上まで持ってくる。
歯をかちかちと鳴らす男はそのままストーブの前に座り込み、震える手をかざす。
顔も髪も濡れきっているのは、外で顔などを洗っていたためだろう。
効率の悪い男であった。
「今晩の準備はいいの?」
「...いいんじゃないかな」
「いいい」
歯切れの悪い男の答えに不満を持ったらしい白いものが、足を揺らしつつ奇声を上げる。
「にこちゃんもっといい人選んでくれると思ったんだけどなあ」
「名前はちゃんと言えよ。御郷が知れるぞ」
「いいいいいのだああああ」
「おまえそれでホントに天使かよ」
「にえへへえ」
「何で笑うんだそこで」
しかも妙に気味の悪い。
男は白いものに一瞥を与えると、再びストーブに向き直る。
それからしばらくして木張りの居間が暖かくなった頃。
ストーブ上のケトルから蒸気を察知した男は、鈍間な動作で立ち上がった。
顔が熱を持って若干赤くなり、体感的にもひりついている。
ケトルの木製の取っ手を布巾と一緒に握り、テーブルに置いたポッドにお湯を入れる。
茶色の粉を袋から取り出し、匙で数杯ポッドに入れてかき混ぜる。
そしてその匙で、のんびり中身をかき回す。
白いものは男の動きから、足を再びぱたぱたと振った。
しばらくしてから男は2つのマグカップを引っ張り出して、それにポッドの中身を注ぐ。
「ほれ」
男は白いものの座る椅子の近くにまで、ひとつマグカップを寄せた。
白いものがマグカップを見る。
くるくると白い気泡の群れが未だに暗い居間の中で回転している。
そして立ち上るのは薬に似た匂い。
「ふーっ、ふーっ」
白いものはマグカップを手に持って息を吹きかけ、少しだけ口に含む。
少量を舌に乗せる程度の恐る恐るとした動きだった。
男は白いものから目を逸らす。
「ぶええ」
変な声を上げる白いものは、テーブル隅のトレイ上に集まる粉箱を引き寄せる。
そしてその中身を、茶色の粉に使ったものより大きな
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