上弦

近年、度々話題として挙がる都市伝説がある。
魔法生物の存在に関する噂だ。
私が大学にいる間、研究所にいる間、アルバイトをしている間。
その全ての時間において、何かしらの話を耳にするのである。
非化学的で、非科学的な話である。
毒を吐く生き物は居るが、火を吐く生き物など、寓話伝説の程度である。
信憑性など皆無な程に、妄執的空想だ。
私は一度、噂話を嬉々として語る友人に対して真っ向から否定を繰り出した事がある。
しかし友人は一向に怯む事無く、こう切り返してきた。

「こんな国じゃ可能性すら、何も判らない」

友人の話は一理ある。
考えなくても、確かにこの国は相当に閉鎖的なのだ。
鎖国。
科学都市を中心とした、完全なる秘匿主義国家。
鎖国をする為に発展していったという、非常に面白い歴史を持つ国家なのだ。
恐らく一種の"豊かな生活"を送る意味では、世界一と過言でない技術があるだろう。
完全永世中立国であり、近場からは勿論、遠方攻撃も速射で迎撃する技術がある。
しかし、鎖国したが故に、世界の情報が国民に入らない。
そんな自由を制限された国なのだ。
だからこそ、こういうファンタジーがよく流行ったりするのである。

この日も、やはり都市伝説が私の耳に転がり込んできた。
有ろう事にも、発信源は研究所の上司からである。
というよりも私の都市伝説に関する知識の多くは、この上司から譲り受けた物なのだ。
お陰で、私は噂話の好きな人間を友人を多分に持つ事となってしまっている。
山のように積み重なった文献を整理している時に、彼女は私に話し掛けてきた。

「ドッペルゲンガーって知ってる?」
「知ってますよ。アンタ様は以前にも御講釈して下さりましたよ。それが何か」
「ほんとに連れないなぁ。モテないぞ」
「誰が今、誰の机を整理していると思っていらっしゃってい居やがりますかねぇ」
「あらやだこわい」

上司の席は、私の席の隣だ。
彼女だけの手によって異常に高く積み重なった資料は、稀に私の机に崩れる。
というか、何故か私の机に向かってしか崩れない。
憎らしい。
それゆえに、私は週二度の感覚で彼女の机を整理せざるを得ないのだ。

「でね、ドッペルゲンガーの話なんだけど」
「だからこの前も聴いたと言っとるでしょうに」
「同じだけど、違う話なんだなぁ、これが」
「...判ったからさっさと話して下さりやがって下さいや」
「えっとねぇ...まずどこまで話してるっけ」
「...見たら死ぬ、と」
「そうそう。ドッペルさんってのはそうなんだけど。それと違うパターンもあるんだって」
「そうですございますか」
「うぅ...」

彼女はぷうっと頬を膨らませた。
2歳年上の上司の性格は、かわいい。綺麗な顔の印象とはなかなか遠い性格である。
いい匂いのする長い髪が上に纏められており、体を揺らすたびに明るい色に揺れる。
見てるだけならいいだろうが、実際に彼女とかかわるとなると評価も変わる。
私も彼女に対しての評価が随分と下がったような気がする。
他人はそれをギャップだかチャームポイントだかと称するらしいが、私には違う。
この上司がクールだと思っていた頃の私が懐かしい。

「ドッペルゲンガー」
「縮めて、ドペゲン」
「そんな風にドッペルさんを略すんじゃねぇ!」
「早く本題に入って下さいよ。面倒です」
「上司に対して冷たいね...」
「尊敬させて下さいよ」
「厳しい要求だね...」
「で、そのドッペルさんが何ですか」
「おっ、聴いてくれるの?」

目を輝かせ、上司は私に熱い希望の視線を注いだ。痛い。
面倒くさく思った私は早く話を切り上げるべく、彼女の話を促した。

「判りましたから、続けて下さいよ」
「ちゃんと聴く?」
「聴いてますよ。それで、今回のゲンガーさんにはどんなパターンが?
 催眠術で眠らせてから夢を喰うとか、初代で非常うざがられていたパターンですか?」
「いや、それは今やられても嫌なパターンだけど、違う」
「すいません。今のは判らないんで」
「何だと。あれほどやれと常日頃から言ってるじゃないか!」
「そんなものにかけるお金なんてありませんってば」
「とにかくやりなさいよ。今は600匹を超える数から選び放題の時代なのよ?」
「覚えられませんよ」
「自然と覚えていくから良いのよ」
「そんなに多かったら昔のヤツなんて相対的にどんどん弱くなってるんじゃ…」
「対策してるのよ。制作陣もそこら辺は色々ステータスや技で工夫しているわ」
「ほう」
「あなたの好きなヤツも、まだまだ現役かもよ」
「それは、なんだか嬉しいですね。
 でも当初から弱かったヤツは、今どうなってるんですか」
「大体使えるんじゃないかなぁ。一部を除いて」
「嫌な予感がする…」
「相変わらずネギ持ったカモは弱いね」
「やっぱり俺の
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