前略。
人間という生物を知っていますか。
先日、そのような生物に遭遇しました。
その出逢いから思い出してみようと、そう思っている次第です。
私は火山地帯の切立った崖にある洞窟で生を受けた。
父母も健在であったが、私が齢5歳になる頃には独り立ちをさせていた。
サラマンダーという種族の特性上、当然の事である。
その為、私は火山地帯で新たに洞穴を掘り、そこを拠点にした。
普段は仲間同士で鍛錬を行い、時に少し足を伸ばした遠征を行った。
初めて人間と出会ったのは、そんな遠征の時だった。
「あー食った。もう腹ァ一杯だー」
加熱した鹿肉を頬張った昼。
午前中は夜通し歩いての遠征で、足がすっかり草臥れていた。
遠征といえば仰々しいものがあるかも知れない。要は腕試しの小旅行だ。
仲間と共に行くのが大抵の場合であるが、今回は自由気ままな一人旅である。
休憩として選んだ場所は、大きな岩盤が露出した山と平地の境目だった。
どっかりと腰を下ろしたまま、膨れたお腹をさする。
「しっかし暇だなー」
今のところ、有翼の魔物としか出会っていない。
遠征先はともかく、目的地までの間にも腕試しの出来る存在は欲しい。
食糧との追い駆けっこだけでは、身体も鈍ってしまうというものだ。
見晴らしの良い場所にいるものの、腕試しできる相手など見当たらない。
ただ平野が広がっているだけで、非常に、とてつもなく、つまらない。
草原を見る事は心地よさも覚えるが、今はそちらに気を逸らす心算も無いのである。
私は早々に目的地へ行こうかと思った。
あと半日いっぱいをかけて走ったならば、遠征先にも到着できる筈の地点なのだ。
持て余している脚力を使って跳ねるように立ち上がり、そのまま前傾姿勢を取る。
「ヨォイ、ドン」
独り言にしては大きいであろう声を張り上げて、宙に躍り出す。
どれほど飛んだかは判らない。
ただ飛んでいた時の勢いを殺さないように、膝を折って着地した。
そして、その状態からバネを戻したように駆ける。
草原を疾走する。
それはとても、心地良い。
脚力には多少の自信があった。
私の走法は、走ると言うより跳ね回ると言うべきであろう。
コカトリスからケンタウロスまでを競走相手に取り、そのどれもが快勝であった。
・・・いや、言い過ぎた。
その時のケンタウロスは負傷していたし、自分から速くないと告白していた。
流石に万全の彼女たちには勝てる自信は無い。
駆けだして一刻程が経過した頃だろう。
私は依然として草原の中を走り抜け、風を飲むように変わらない景色を堪能していた。
そして、そこから斜め前方の小山で物陰を見たのだ。
野生動物でも、ましてや魔物でもない。
縦長の影で、2本足で歩き、しかし角や尻尾が見当たらない。
翼も無いし、よく見れば手足もあまり重装備というわけでもないらしい。
身体を知らない材質の薄布鎧で覆い、かなり歪な甲羅のようなものを背負っている。
当然、直感的にその存在を理解した。
「人間! あれが人間というものか!」
興味が湧いた。
父は人間であったが、その顔も既に覚えていない。
実質、あの影こそが私の初めて見る人間になるのだ。
足が意図せずにも小山を目指し、飛び幅も広くなり、風の当たりも強くなった。
しかし、そんな些末な事などどうでもいい。
人間は時として非常に高い戦闘スキルを身につけているものがいるらしいのだ。
それを知っていて、持て余した身体の使い道をぶつけてみたいと思うのは、普通だろう。
私はすぐに小山の麓に着いた。
見上げると、小山とは言えどもやはり少々の高さはあるらしい。
草原の中の小山らしく、木の無い草ばかりの場所だった。
一足で中腹まで跳ね上がり、地面に降り立つ。
出来るだけ軽い足取りで、静かに着地した。
その場所こそが丁度、人間の居る地点だ。
「な」
驚きの声を短く上げたのは勿論人間の方だ。
今まで聴いた事のない綺麗なハスキーボイスだった。
私はこんな声が欲しかった、とその時思った。
お互いを、まじまじと見遣る。
きっと人間にとっては敵としてしか見られないだろうし、私もその方が都合のいい展開だ。
人間は、やはり私の見慣れない服装をしていた。
まず、手は白く細かい網目状の繊維を纏っている。
深緑色の布は肩口から腰下までを覆っているが、腕は白や茶色等と疏らな色だ。
その境界には黒い革が帯状になって肩上から脇下を防護している。
下半身はベージュ系の厚手の布が覆っており、土や草の色で汚れている。
その下には黒地に渇いた茶色や草色が染みついた革靴がある。
元々は白色だったであろう紐が、面倒な結び方で靴に括り付けられていた。
背には色褪せた迷彩の甲羅。
甲羅じゃない。あれは硬い布のようだ。
そういえば、聴いた事があった。
きっとあれはバックパック
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