秋の暮れにかかり、初雪も十日前に消えた後。
この季節は道庭をいくら掃いても掃き足りない。
山麓に住む大地主お抱え庭師のスゴロクは、今日も今日とて庭師として働いていた。
「随分と空も淡い色になったもんだ」
スゴロクは白くなった息を横目に、視線を下に落とす。
盛大なため息。
大体、この時期に庭師の仕事などをやっている暇は本来ない。
彼の本当の生業は猟師であるのだ。
今も野生動物が森山の実りに歓喜してそれらを貪り、清水の小川で喉を潤しているだろう。
特にこの時期のドングリや山葡萄で肥えた動物は、肉質もよく脂質も控えめ、そしてもっとも甘く香りがいい。
猟師としてそんな山に入らない気などはない。しかし、スゴロクは謹慎処分を受けていた。
地主の子供に手袋を使った遊びを教えただけだったが、英才教育の過程で余計な事を教えるなとえらく叱られたのである。
「べつにいいじゃねえか」
スゴロクがどう思おうと、雇用主の絶対的な権力には逆らえない。
今度は小さくため息を吐く。そして山を見る。
その時スゴロクの目には、山を降りる金色の光が映った。
相当綺麗な毛皮なのか、ずいぶんと太陽光の反射が激しい。
スゴロクは金の姿が木々に消えるまでその影を見送っていた。
今は冬の前だ。
屋敷の前にでかい森があるとはいえ、この広い庭にその影がこない道理はない。
事実、この庭には何度も野生動物の侵入を許している。
魔物対策はしてあるが、穴がどこから出てくるかすら想像つかない。
考え事に没頭していたスゴロクは庭掃除を諦め、敷地の最も端にある監視小屋で休憩する事にした。
自分のくしゃみで起きたスゴロクは、外が朝焼けに包まれていると嘆いた。
寒さに鼻をすすり、体を震わせる。
眠っていた事に気付き、再び獣の事を思い出す。
そして、スゴロクは見た夢も思い出した。
「あぁそうだ。窓先の森に・・・」
夢ではそこに大きな金鹿がいた。
スゴロクは窓を見遣る。
そして目を見開いた。
「こんにちは」
「うん・・・、おはよう」
金髪少女が覗いていた。
少女は眠気を拭いきれていないようで、どうやら寝床に困っているようだ。
領主は昨日から若い下働きが住み込みで屋敷に来ると言っていた。
スゴロクは彼女がその下働き人であろうと判断した。
「入るかい」
「えっと、できればお願いします」
窓の隙間から漂ってくる匂い。
屋敷の主がよく使うような、上質な甘さ。
この少女はなにかそういったものを零してしまい、主から怒りを買って
しまったのか。
スゴロクは彼女に同情した。
そして煙草に火を入れ、それを咥えて戸を開けた。
先に玄関口に回りこんで立っていた少女は、服を着ていなかった。
しかし、体には毛皮を撒き、大きいヌイグルミを手足にはめ込んでいた。
「・・・そりゃ何かの罰かい」
気まずさのあまり、スゴロクは逃げ出したくなった。
この少女は何をやらかしたんだ。
「そうかも」
しかし少女はスゴロクの様子などどうでもいいといった答えを返した。
屈託のない笑顔だった。
「随分と息が荒い。奥に寝台があるから、まあ臭いが眠るといい」
「え」
「何をやらかしたのかは知らんけど」
スゴロクは少女の額に手を当てた。
「随分と熱いもんだ。ほらほらさっさと入って寝た寝た」
「あ、いや私は」
「いいから、若いとは言え体の酷使はいかん」
「・・・はい」
少女はされるがままにベッドへ入り、布団を被った。
スゴロクは自己満足に頷き、その荒れた鱗のような指先で顎髭をなぞる。
少女の顔を見ると、聞いたよりも随分と若い女の子だ。屋敷で仕事をする誰よりも若いかもしれない。
手入れされていない金色の髪からも、彼女がどんな状況でこの屋敷に働きに来たのかを想像できる。
余計な詮索はしない方がいいだろうが、この屋敷に来る連中は大抵予想がつく者ばかりなのだ。
「何だコレ」
金髪に隠れて見えていなかったが、おそらくカチューシャの硬質装飾だろう。
スゴロクは興味本位でその飾りに触れた。
「んぅ」
「おうすまんすまん。出て行くからまあそこで寝てろ」
目を開いてスゴロクを見つめる少女に対して、スゴロクは自然と笑顔になった。
スゴロクは煙草を咥えながら謝り、そそくさと小屋から出て行く。
俺も昔は慣れるまでが大変だったと、スゴロクは昔を思い出していた。
少女の小さな声と戸の閉まる音は、同時であった。
少女の大きな声と、外に立てかけてあった金板が倒れた音も同時であった。
「どうだい、調子は良くなったか」
一人分の体にランチを持ってきたスゴロクは、木屋の戸を明けるなり少女に呼びかけた。
木屋の内部は甘い匂いで充満しており、まるでそういったお香を焚いたかのようだった。
寝台にまで進むと、そこが蛻の殻であることに気がついた。
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