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──ある時は、キスをされた。何も無しに、ただキスを。

「ちゅぷ……ふふふっ
#9825;もう一回キスしたいのかな?それじゃ、ボクの好きなところを上げてごらん?」

「くすっ……
#9825;別に一個だけでも良かったのに……
#9825;
#9825;ご褒美として、言ってくれた分だけキスをしてあげよう……
#9825;
#9825;受け取り拒否は許さないよ……
#9825;
#9825;」

その不意打ちの一回が、あまりに甘美で、唇と唇が触れ合う感触に、舌が優しく絡まる感覚に、心を奪われ……それが終わった後も、ぽぉっと惚けて、微笑む表情をただ見つめることした出来なかった。
そして、頼まれるがままに、好きな所を、一つ……二つ、三つ、四つ……と次々に上げたところで、にぃ……と満足そうに笑いながら、顔が近寄って……蕩けるような時間を過ごした。

次も、その次も、筆舌に尽くし難いほど、愉しい日々を過ごして、意識を落として……



「おはよう、お目覚めはいかがかな?」



ハッと目が覚めた時には、ベッドの上だった。どこかの良さげなホテルの一室。
その鈍色の髪が帳のように外界と自分達を隔てており、彼女の顔しか見えない。薫の顔しか。

「あ、あぁ、おはよう……ぐっすり眠れたよ」

「ふふっ、それは良かった……」

あぁ、いつ見ても慣れない。ドキドキと慄いてしまう。あまりのカッコ良さに、美しさに、妖艶さに。

「さて、突然だけど、今日が何月何日かは知っているかな?」

今日は……何日だっただろうか?
昨日が金曜だったのは覚えている。そうだ、縁起の悪い13日の金曜日だなと話題に上がって、それを題材とした有名な映画があって……なんて会話をした。
あれから一晩しか経って無いと考えたら……

「そう、今日は3月14日……あの時から一ヶ月が経った記念日になるね」

ホワイトデー。
あのバレンタインから一ヶ月。まだ、一ヶ月なのだ。もう、数年、いや十数年は経っていてもおかしくないほど……弄ばれた気がする。

「はぁー……まだ一ヶ月さ、君とボクが深い関係を結んでから一ヶ月……
#9825;ふふっ……
#9825;楽しみがまだまだ沢山あるね……
#9825;」

辛抱たまらないという様子で、ギュッと抱きしめられ、身体に柔らかい感触が押し付けられる。
互いの熱が混ざり合う、ただそれだけで、こんなにも幸せに満ちてしまう。

「そして今日もあの時と同じ土曜日……せっかくだから、ちょっと趣向を変えようじゃないか」

そして囁かれる提案。

「あの時のように、待ち合わせをしてみないかな?その後は、一日中遊び回って、最後はお酒を嗜んで……くくくっ……
#9825;
#9825;」

「あぁ、今回はどうなるのかな?楽しみで仕方ないなぁ……
#9825;
#9825;」

愉しみを
#22169;み殺し、絞り出したかのような声色が、鼓膜を揺らす。
これは、捕食だ。捕食されるのだ。フルコースを堪能するように、一日をかけて、ゆっくりと……
あぁ、プレートに乗ったご馳走を見つめるような目を、こっちに向けないで欲しい。薫に弄られた全身が、疼いて仕方ない。

そして、ルームサービスで届いた……スープとバケット、ジャム、それに薫が淹れた紅茶を添えて、朝食を取った。
その後は、軽く身支度をして……先に、俺が待ち合わせ場所に行くことになり

「身支度は出来た?寒くはない?」

「それじゃ、また後でね、いってらっしゃい
#9825;」

ネクタイを締め直され、見送られながら部屋を出た。
まるで夫婦のような甘いやり取り。ニコニコと手を振っていた、あの姿が……たゆたゆと揺れていた胸が、優しげな声が、愛おしい。

待ち合わせ場所へと歩んでいる間も、彼女のことで頭がいっぱいで

待ち合わせ場所に着いても、薫のことばかり考えていた。
今日はどんなことをされるのか、どんな表情を向けてくれるのか。

……まだ、伝えられていない、とも。
俺から伝えるには……おそらく、賭けに勝たねばならないのだろう。

でも、それを防ごうとする彼女の気持ちは理解できて……あぁ、こんな歪んだ相思相愛があっていいのだろうか。

一刻も早く会いたいという気持ちがはやり、数十秒ごとにスマホで時間を確認してしまう。

あぁ、長い。こんなにも一分一秒が長いとは思わなかった。俺は今までどうやって生きてきたのだ。
早く顔を見たい、声を聞きたい、手を繋ぎたい、抱きしめたい、イタズラされたい、談笑したい、したい、されたい……

「あの〜」

逡巡していた所で、耳に入ってくる聞きなれない声。
その声にハッとすると、目の前には……リクルートスーツ姿の若い女性がちょこんと立っていた。バインダーを片腕で抱えながら。

「あっ、はい、なんでしょうか」

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