ある時は、特に何も決めずにバーに立ち寄り「今日は、まだやったこと無いボードゲームでもしようか」みたいなことを言われた。
それもいいな、と返し、無作為にボードゲームが並んでる棚を眺めると……とあるモノが目に入った。
「これは……名前だけは覚えてるよ、確か……ショウギ、だったかな?」
将棋。日本人にとっては、とてもメジャーなボードゲーム。
だが不思議なことに……いや、ある意味予想通りだったが、彼女は将棋をほとんど知らないらしく、怪訝そうに駒をくるくると回して両面を眺めていた。
──あぁ、それなら僥倖だ。これなら勝てるかも知れない、初見殺しの奇策を使えば……
そんな悪魔の囁きが、脳内で響き渡る。
その昔、ネット将棋に嵌った時の戦術が、頭の中に思い浮かぶ。その全てが、鮮明に思い出せてしまうほど、異様に冴えていた。
だから……
「にしても……これ、金と玉、って書いてあるけど……そういうゲームなのかな?」
そんな想いを他所に、バカなことを言う薫をとりあえず一蹴してから、遊び方を説明する。
「ふむふむ、確かにほとんどチェスみたいだけど、飛び道具の少なさが気になるね。ルークとビショップ……飛車と角行が一枚ずつで、桂馬はナイトの代わりと言うには不十分、クイーンに当たる駒も無いとなると、チェックメイトには苦労しそうだね」
「でも、この将棋にもプロモーションはあるんだろう?そしたら飛車や角行に……え?基本的に金にしか成らない?」
「その代わり、持ち駒という制度があって……なるほど、取った駒を好きな所に……好きな所?どこでもいいのかな?例えば、こんな風に敵陣の真ん中に置いても?」
相変わらず新しい事への飲み込みが早く、推論を交えながら理解していき
「へぇ……それは面白そうだね、早速やってみようか」
わずか十分程度で、不敵な笑みを浮かべながら、そんなことを言ってのけた。
その後は、実際に指しながら、色々とアドバイスをしてみた。駒の特性ゆえの基本やら、囲い方、飛車の使い方などなど……そういった常套戦術も教え、理解を深めさせてみた。
すると、将棋というゲームの核をある程度掴んだようで、数局後には普通に切迫し、ついには負けてしまう。
「なるほど……だいたいは把握したよ、有名な戦術とか、守り方とか、先輩さんが丁寧に教えてくれたお陰でね」
「でーも……いいのかい?こんなに色々教えてしまって、ボクに勝つチャンスだったのに」
それは事実だ。
だけれども、もし実力差がある状態で「賭け」が始まったら、十中八九、ハンデをオネダリされてしまうだろう。抗えないオネダリを……
それに、折角あの手を使うなら、全てを理解した薫にぶつけてみたい。アレにどう対応するのか、どんな表情をするのか……
あぁ、愉しみでたまらない。どうなってしまうのか。
なんて仄暗い興奮で背中をゾクゾクと震わしつつ、表は素知らぬ顔で「無知なところをボコボコにしても面白く無いだろう」と口にする。チェスの時の皮肉を交えて。
「ふふっ……確かにそうだね、とっても君らしいなぁ、その矜持が後悔に繋がらないことを願うよ……
#9825;
#9825;」
ニマァ……と愉悦に歪んだ笑みが隠し切れていない。
その後に待つご馳走を待ちきれないとでも言いたげな笑みが……
「じゃあ、早速、賭けをしようじゃないか、ハンデは無しでいいけど……その代わり、持ち時間は10分にしてくれないかな?ある程度早い方が、ボクにとって都合が良さそうだ」
奇策をぶつけようとしている自分にとっては、願っても無い条件だったので、軽く了承し、振り駒を行い……先手を取った。
──将棋とは、対話のようなものだ。
何かの漫画でそんなセリフがあった気がする。歩を衝突させて戦意を
#21085;き出しにしたり、駒を引いてここは穏便に……と諭したり。
それで言うなら、先程見せて貰った薫の攻め方は「やあやあ、仲良くなろうよ」から始まって「ねぇねぇ、もっと近寄らないかい?」「あはぁ
#9825;
#9825;どうして逃げるのかな?抱き合おうよっ
#9825;
#9825;」という風に、穏便を装って、着実に間合いを詰めて……最終的には玉を囲って詰ませる、ある意味とてもらしい戦い方だった。
用意周到かつ丁寧だが、本質的には獰猛で攻めっ気のつよいやり方。
そうだとしたら、俺のコレは……どう見えるのだろうか?
角道を空けてから、早々に桂馬を跳ねさせる、有名な奇策の一歩目。
チラリ、とお互いの視線がかち合う。
そのまま、スッと歩を動かされ……そこで一拍置いてから、もう一回桂馬を跳ねさせる。
仕掛けた二手目。
明らかに不自然な指し筋は、急に『なぁ、今日はいい天気だなぁ』って言いつつ後ろ手に近寄ってるように見えてないか……心配になる。
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