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夢を見た。
彼女と遊ぶ夢。ビリヤードで、ボウリングで、卓球で、ダーツで、遊ぶ夢。
日常の延長線上。
けれども、その夢は、ひゅぅと吹き抜けるすきま風によって
#25620;き消され、目が覚めたら……いつも通りの自室だった。
布団を捲りあげると……今日もまた、毛布はクシャクシャになっていた。
やけに寒さが身に沁みる、そんな朝はバレンタインデーだった。
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バレンタインデー。
どこか浮かれた街並みの中、いつものように心臓をドキドキと鳴らして、いつもの待ち合わせ場所で待っていると……
「ごめんごめん、ちょっと遅れてしまったよ」
そこに現れたのは、いつもと変わりない様子の後輩だった。何も変わらないスーツ姿。
いつも通り、ピシッと決まっていて……胸だけはパツパツに張り詰めている。
かく言う俺もスーツ姿だった。初めて遊んだ時から変わらない、暗黙の了解。
「今日は……なんだか特に人が多いね、これがバレンタインデーかぁ……」
そんな声と共に辺りを見渡す彼女。それに釣られて同じように周囲に意識を向けると……
ザワザワと色めき立つ観衆、突き刺すような視線、耳に入ってくるひそひそ話。
そのいずれもが心に障る。
無数の手に『お前には無理だ』と手を引かれているようで。
壇上の主演と幕裏の雑用、その格差を見せつけられてるようで。
心の中で密かに燻っている火種がすぅっと掻き消されるこの感覚。それが堪らなく正常に戻してくれるようで、嫌な安心感が包み込みそうになったところで……
「じゃ、今日も遊ぼっか、最初はどこ行く?」
手を握られ、火を灯される。
「何やらあっちにあるイルミネーションとかが人気みたいだけど……ま、それより今日も君と遊びたいかな」
ざわめく周囲を気にせず、淡々と続けられる言葉。
壇上と観客席が分けられるこの感覚。あぁ、勘違いしてしまいそうになる。変な優越感に酔いしれそうになってしまう。
友達として、手を繋がれるだけで。それが単なるスキンシップだと分かっていても。
クラリと傾きそうになる頭を保ちつつ「俺もそれがいいけど……歓迎会みたいなことは、しなくていいのか?」とひと言差し込む。
「あぁ、歓迎会はただの口実だけど……じゃ、夜、一緒に飲みに行こうか、とっても良い店を一つ知っているんだ」
すると返す刀で、流れるように飲みの誘い。
……言われてみれば、なぜ、バレンタインに歓迎会をやるのに、お店の一つや二つを用意しなかったのだろうか。
いや、でも、そんなつもりで居たら……
「ふふっ、もしかして、どこかお店を探してくれていたのかな?」
「でーも、今日はボクのワガママに付き合って貰う日だ、ここは譲らないよ」
見当違いの忠告。
だが、それは、無意識的に心を抉り、有無を言わさず予定を決定づける、魔法の一手。
「そういや、先輩さんとは一緒に飲むの初めてになるのかな?いっつも遊んで遅くなってお開きして……って感じだったし」
抉られた心にチクリと棘が刺さる。
『先輩と"は"一緒に飲むの』というたった一つの音にすら、敏感に反応してしまう。
他のやつとは行ったのか?などという、抱く権利すらないはずの独占欲が湧き上がって……
「だから、今日は特別な日になるね、ボクと君が初めて飲む日……酔った君がどんな姿になるのか……あぁ、ホントに楽しみだよ……
#9825;」
狭まった視界の死角から、吹き込まれる甘い言葉。
いや、甘い、なんて言葉では済まされない。ガムシロップをぐつぐつに煮詰めたモノに、ハチミツと砂糖を詰め込んだような……あまりの甘味に悪寒すら感じる。
ビクン、と体が震える。それを正面から受け止める豊満な胸。軽く抱き込むように背中に回された腕。
ダメだ、限界だ。言葉を吐かねば、勘違いしてしまう。
「……なんだ、もう飲み会気分か。それなら今日はいつもより勝ちやすそうだな」
そんな思いから憎まれ口を叩きつつ、回された腕を軽く押しのける。
#21534;まれれば良いのに、
#21534;まれないように。酸欠の魚が息継ぎをするよう、上向いて。それでも威厳を保とうとして。
「……はははっ!いいねいいね、君のそういうところ、本当にたまらないなぁ……
#9825;」
くすりと一嗤い。
愉悦と嗜虐を含んだ笑みが、癪に障る。酷く楽しいやり取り。
「まあ、一応は歓迎会だからな、どこで遊ぶかは好きに決めたらいい」
「へぇ……じゃ、お言葉に甘えて選ばせて貰おうかな。最初は……そうだね、ボウリングにしよっか。ここ最近は特に調子がいいから、出端を挫いてあげるよ」
「おや?得意のビリヤードじゃなくていいのか?」
「デザートは最後に取っておくものさ、華やかな勝利の余韻に浸って、美酒を味わう……うん、完
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