エイトボール。
15個の玉を使って行うゲーム形式。名前の通り8番の黒い玉を落とした方が勝利という分かりやすいルールである。
しかし、いきなり8番を落として良い訳ではなく、その前に、1から7、または9から15の玉を落としておく必要がある。落とす玉も計8個なのである。
1から7の玉をローボール、9から15の玉をハイボールと呼ぶ。8番を落とす前にローボールかハイボール、どちらを落とし切るかは、並べた玉を崩した後にショットをする人が決めることが出来る。落とすと決めた方をグループボールと言うらしい。
有名なナインボールと大きく違うところは、選んだ方のグループボールであれば好きな順番で狙って良いという点。番号順に狙う必要は無い。
「よっ……と」
コン……カコン……
ゴト……
「おお、見事なショットだね、そのまま次はどこを狙うのかな?」
「次は……3番をあそこの穴に」
「うん、定石に則ったいい狙いだと思うよ。その次はどれを狙うつもりなのかな?」
「その後は……あそこら辺に手玉が置ければ、7番を狙おうかと」
そして、打つ前にどの玉をどうやってどこの穴に入れるのかコールしなければいけない点。
今回はハンデということで、俺だけはコールと合わないショットになっても、グループボールに当たればファウルにならないことになっている。
とはいえコールはする。
「なるほど、3番を入れるだけじゃなくて、7番を角のポケットに入れられるような位置にコントロールするつもりだね。ライン取りも完璧だね、ボクもそこを狙うと思うよ」
その狙い自体の是非を彼女に精査してもらうために。
「後はその通りに実行するだけ、だね」
「だな」
これで10ゲーム目。最初は色々とおぼつかず、まともなゲームにならないのでは?と気が気で無かった。
しかし、優秀な後輩はそんな俺をニコニコと見つめながら『この場合はね、このクッションに手を乗せて……』と優しく教えてくれたため、数ゲームをこなした時点で、ある程度は様になった。
勝負も五分五分ぐらいのいい塩梅……とは言っても、彼女はいくつかのハンデを背負っているのだが。
1つは先程のコールの有無。もう1つは『グループボールのうち、最も小さい番号の玉に手玉を当てなければならない』というハンデ。
その二つのハンデに加え、気まぐれに『待った』を許してくれる上に、玉を撞くラインをどう取れば良いかアドバイスしてくれるから、何とか勝負になっているのが現状だ。
「成功させれば……」
ホントに絶妙だ。『待った』は何度も許してくれる訳ではない。許されないことも多々ある。それが毎ショットの緊張感を生み出す。ライン取りだって毎回教えてくれる訳では無い。
あっちは番号順に玉を当てないといけないというハンデも絶妙だ。相手の当てにくいところに白玉をコントロールする大切さを教えてくれる。
そして何より、彼女の上手さが、このゲームの面白さを引き立てている。
ハンデがあったとしても、隙を与えてしまえばスルスルと玉の間を縫って全ての玉を落とし切ってしまう恐ろしさが、ちょっとしたお茶目と言わんばかりに難しい配置をけしかけてくるいやらしさが、ヒリヒリとした楽しさを湧きたててくれる。
たぶん手加減されてるのだろうけど、それでも五分五分まで戦えているのが奇跡としか思えない。それほどまでに彼女の熟練度は凄まじいが……その奇跡の理由を、俺だけは知っている。
「ふぅー……」
白玉を前にして、深く息を吐く。
右脇を締め、赤い玉と白玉の直線上にキューが置かれるように位置取り、そのまま押されるように右の臀部を前へ、滑らかな手つきを思い出しつつ左手でブリッジを組み、ぐぐぐ……と背筋を低くして構える。
背中から仄かに柔らかい感触が押し付けられる。『もっとだよ、もーちょっと……』と言うように、ぐぐぐと下へ下へ押さえつけられ、ガチリと固められる……感じがした。
生温かい感触がじわりと染み込み、脊髄へと到達した瞬間、沈むような脱力感が右ひじへと走り抜き、正確に白玉のやや下を撞く。
カンっ……コン……
ゴト……
弾かれた赤い玉がポケットに滑り込み、当たった白玉は後ろへと数歩後ずさりする。
「うん、ナイスショットだね!ただ入れるだけじゃなくて、正確なドローショットで手玉を狙ったところにコントロールして……ホントに今日が初めてとは思えないくらい上手だよ!」
「まあ……な、たまたま上手くいってるだけな気もするが……いわゆる、ビギナーズラックってやつかな」
まるで自分のことのように喜ぶ後輩に対して、ほんの少しの罪悪感を抱く。
なぜなら、俺は構える度にあの感触を……おっきな胸で押さえつけられ、耳元で一つ一つ指示されて、操られた……あの時のことを思い出して、撞いているのだから。
純粋な気持ち
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