あの会話から数時間後
「じゃ、行こっか」
定時の鐘がなるや否や、そんな言葉と共に手を奪われる。そして、鼻歌混じりに引っ張られ、あっという間に会社から連れ出されてしまった。
……手を握られたまま。
繁華街へと入る直前に、その異常事態に気が付き、頭がキャパオーバーしかける。
反射的に抗議の声を上げようとしたが……肌から伝わる温かな感触は体の芯をじくりじくりと蝕み、更には「ん?どうしたんだい?」と切れ長な目を向けてくるものだから、否定の言葉を紡げない。紡げられる訳がない。
異性と手を繋いで出歩く。
しかもただの異性ではない。恐ろしいほど、美麗で、イケメンで、魅力的な後輩と。密かに想いを抱いている相手と。
これは……もしかしたら、があるのかもしれない。
手を繋ぐだなんて、気軽に出来るものなのか?するものなのか?あぁ、もしや俺は絶頂期を迎えようと……
だが、そんな高揚感は一瞬にして
#25620;き消される。
仕事帰りの人々がガヤガヤと賑わう
#32363;華街。しかし、先を行く彼女が通り過ぎると、一瞬だけ静寂が訪れてしまう。
ひそひそとした声。驚嘆。肌をつんざくようにチクチクと襲い掛かる視線。
その痛みに背中がじわぁと底冷える。心臓が締まるような鈍痛に襲われ、額からは嫌な汗が噴き出る。
……それもそうだ。
俺の前を歩む彼女、それに見惚れない人間はいないだろうから。
愛の言葉を囁かれたら男女問わず誰もが傾倒してしまうほど整った顔立ち。まるでおとぎ話から飛び出た王子様のような立ち振る舞いに惹かれた観衆の目に入るのは、パツパツに張り詰めた胸。女性であることに気が付いた瞬間に襲い掛かる倒錯的な魅力。パシッと決めたパンツスーツから浮かび上がる腰つきの艶めかしさ。
見ない訳が無い。魅了されない訳がない。
だけれども、その視線は誘導されるがままに握られた手の先へと……そう、俺の方にも向いてしまう。
カァっとした冷や汗が背中をべっとりと濡らす。
どう思われているのだろうか?
不釣り合い?嫉妬?罵倒?不平等?
あぁ、そんなの全部分かっている、分かっているから、見ないで欲しい。俺だって分かっている。ずっと二人きりだったから、勘違いしてただけなんだ。ホントは分かっているから、咎めないで欲しい。
こんな想い、抱くだけでも烏滸がましいなんて俺が一番
「おっとそうだ、ここ曲がるよ」
真っ直ぐ引かれていた手がくいっと直角に曲がって、路地裏へと引き込まれる。
狭くて薄暗い道。華やかな大通りとは比べるまでもなくみすぼらしかったが、今の俺にとっては心地よかった。
そんな道を曲がりに曲がって、見分けのつかない無骨なビルを何度も通り過ぎ、ひと気も何も無い二人だけの空間を歩んで……
「えーと……あった、ここだね」
そして、とある立て看板を見つけると、お尻を後ろに突き出すように屈んで内容を確認し、そんな言葉を発する。
……扇情的な腰つきが目に焼き付く。パンツスーツの上からでも分かる肉付きの良さ、骨盤の大きさ、お尻の大きさ。俺の細い腰なんて簡単に圧し潰せてしまいそうな、女性らしさ。
あぁ、ダメだ、変なことを考えるな。なんて浅ましいんだ。
そう思いはすれども、邪な想いは止められない。
目を逸らしても、脳内で反芻してしまって、股間がじくり……と疼いてしまう。
「ほら、こっちこっち」
そんな葛藤なんて知りもしない彼女に、また手を引かれ、無骨なビルにポツンと付いてあるエレベーターの入り口まで誘導される。
その横についていた矢印のボタンの『上』を押すと同時に、チーンという古臭い音が鳴る。
そして、じぃー……と映写機が回るような音と共に、現れた狭い部屋へ
「足元気をつけてね、ここで転んで怪我でもしちゃったら、大変だから」
「あ、あぁ……」
優しく手を引かれて、連れ込まれた。まるでエスコートするかのように。
小さな部屋で二人きり。手を繋いでいるせいで一定の近さが保たれ、ふわりといい香りが漂ってくる。柑橘っぽい爽やかな香りと、その奥にある甘い香りが鼻腔をくすぐり……否が応でも意識させられてしまう。
しかも、向き合うように立っているから、大きく前に突き出る胸がすぐ目の前に来て……一歩踏み出せば、胸板で触れることが出来てしまう。
もし、もしも、事故を装えば……いやっ、何を考えてっ
ドキッドキッと早鐘を打つように鳴り響く心臓が五月蝿い、鎮まれ、意識するな。
ぱっつり飛び出た胸部のワイシャツとスーツの境目、そこに薄っすらと見えるレース生地が……あぁ、やめろ、目は目と合わせろ。
深呼吸したいが、近すぎる故にそれすらも許されない。なんとか変に意識していることを悟られないよう、肺が膨れるのに意識を向けて呼吸を整え、平常を保って目を合わせ、他愛ない話でも
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