彼女が後輩として配属されてから一週間ぐらいが経った頃。
「あと、これを……」
「うん、分かった、ちゃちゃっと終わらせてしまうね」
業務は滞りなく行われ、問題なく過ごすことが出来ていた。
いや、それだけでは不足がある。やはり彼女はとても『デキる』人間であり、教えたら何でもスルスル覚えるので、どんな業務も簡単にこなし……今持っていた仕事をほとんど片付けてしまった。
もう、パソコンを前にしてキョトンとしていた姿が懐かしい。
「ふぅ、これでひと段落ついた感じかな?」
「あぁ、そうだな、あとは日次の作業だけだ」
「それじゃ今日もノルマ達成だね」
最初はその気品溢れる仕草と異常なまでのカッコ良さに圧倒されていたが、流石に数日経つと後輩として扱えるように……そんな『先輩』という役を何とか振る舞えるようになった。
そして、彼女もどこか固かったのだろう。初日に比べて、かなり親しみやすいような……そんな雰囲気を纏うようになっていた。お茶目で気さくな一面を出すような。
「これも衣笠君が優秀なおかげだな」
「ふふっ、どういたしまして……でも、出来れば『薫』って呼んで欲しいな、そう呼ばれ慣れてるから、ね?」
「……ちょっと、名前呼びするのは、あんまり慣れてなくてな」
「ま、今すぐじゃなくても、いつか呼んでくれたらいいさ」
その親しみやすさを全面に出しつつ、暗に名前呼びをしろとせがまれるが……茶を濁す。
そのキリっと引き締まった目で見つめられるだけで、変な妄想が、その手に身体を抱き留められる妄想が脳裏を掠めるのだから、勘弁してほしい。名前なんて呼んだら確実に。
……さて、こうも優秀だとやることが無くなってしまい時間が余るのだが、その時間を退屈に思うことは無かった。というのも
「じゃ、ボクは紅茶を淹れてくるね……ミルクとかは、いらない?」
「ん、今日もストレートで」
すっかり日課となってしまったティータイム、これが日々の楽しみとなっているからだ。
今日も月曜だと言うのに、憂鬱さはまるで感じない。
「ふぅ……」
仕事をやらずに紅茶を飲んで談笑する。最初はそんな時間を過ごすことに多少の罪悪感を覚えていた気がするが
『やることやっているんだから、多少休んでいても大丈夫だよ』
『むしろ、このティータイムがあるからこそ、作業効率が上がっていると言ってもいいんじゃないかな?』
『それにボクは、このひと時がとても好きでね。仕事のことを一旦忘れて、他愛ないことを話す……こういう風に仲を深めるのも大事だと思うな』
彼女にそう諭されながら毎日紅茶を嗜んでいるうちに、不思議と罪悪感も感じなくなり、彼女が紅茶を淹れに行くこの時間がとても愛おしく思うようになってしまった。
まるで王子様とも執事とも言えるような、様になった所作や仕草に毎日晒され続けて、心地よさを感じるようになっている。
気兼ねなく話せる最適な距離感を保ちつつ、さり気なくこちらを気遣ってくれる。そんな理想の友人のような彼女が毎日接してくれるお陰で、通勤時間を億劫に感じることは無くなった。
だが、その代わりに……
「おまたせ」
静かに透き通った声と共に彼女が戻ってくる。
バーテンダーを思わせるようなスラッとした立ち姿。それでいて臀部と胸部には女性らしさが詰め込まれていて、思わずドキリとしてしまう。何度見ても慣れやしない。
そして、一切乱れることなくティーセットを机の上に並べ、いつものようにとぽぽぽ……と音を弾けさせながらティーカップに紅茶を注ぎ込み
「はい、どうぞ」
柔和な微笑みをこちらに向けつつ、滑らか手でティーカップを手渡してくる。
「ぁ、ありがとう」
「ふふっ、どういたしまして」
喉奥が張り付いてどもったような声を出してしまい、くすりと笑われてしまう。困り眉に可愛い笑み。
頭が沸々と茹で上がるのを感じつつカップを受け取り、何かを誤魔化すように紅茶を一口啜る。先ほどの笑みが、手つきが、スーツの上からでも分かる女性らしさが、脳裏から離れない。
──そう、あろうことか俺は、彼女を異性として強く意識してしまっているのだ。
──まだ、出会ってから一週間しか経ってない、直属の後輩に、節操も無く。
ちょっと優しくされるだけで、こうして紅茶を淹れてくれるだけで、軽く微笑まれるだけで、変な想いを抱いてしまいそうになる。
まるで俺に気があるかのように……いや、勘違いなどと云うことは分かっている。けれども、こんなに心地よくて、美麗で、格好良い人に対して心が勝手に惚れてしまい、あらぬ希望的観測が膨れ上げてしまう。
それに加え、まるで男友達のような気さくさも兼ね備えていて、こんな俺でも話を弾ませられるような軽口を叩いてくるのが、心底安心してしまうのだ。
……ただ、惚れた
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