「……あ……だ……」
ノイズの中に話声らしきものが混じり、映像に色が戻った。
映り込んでいる背景から見て、どこかの病院の一室らしい。
病室のベッドの上には憔悴しきった顔の少年、史郎が半身を起こしている。
「あんな事があった後にすぐに話をしてくれて……ありがとう」
映像には映っていないが、その声は史郎の家が襲撃された夜に突入した部隊の隊長ものだ。
(それにしては……)
先の記録映像と違ってカメラの画像は荒く、隊長の動きに合わせて焦点も大きくブレている。
(これは隠し撮りか……位置から見て、バッジか階級章のようなものに知らぬうちにカメラを仕込まれたようだな)
羽倉はそう推察した。
隊長自身が隠しカメラを用いて撮影している可能性もあるが、もしそうなら、幼い史郎に気取られることなく精度の高い映像を収めるくらい造作もないだろう。
しかし、彼女の挙動はカメラの存在を意識しているようには思えず、声から感じられる気遣いにも嘘はないようだ。
(と、すれば、一連の情報を記録していた人物はやはり現世にも深く通じていることになるな……)
「それで…な……まだ君に伝えておかねばならない事があって……」
(…?)
それまで傷心の少年に配慮しながらも明朗に話をしていた隊長が急に言い淀んだことで、羽倉の意識は再び映像に集中する。
「たしか…君のご両親は建築設計の仕事で各地を周っているのだったね……」
すでに調べは付いているはずの事柄にしては、やけに歯切れの悪い問いかけ。
「うん」
問われた史郎は困惑を浮かべる様子もなしに頷く。
両親は仕事が忙しく、普段からなかなか家に帰ってこないのが常だった。
今回もまた、すぐにはここに来られないという知らせだろう、という予想は
「実は……昨日、君のご両親が事故に巻き込まれて亡くなったそうだ」
最悪の形で裏切られた。
「えっ?!」
少年は半ば反射で顔を上げ悲報を告げた相手を見返したが、隊長は、つい、と顎を引き手元の資料を見下ろしてしまう。
結果、少年の視線は誰にも受け止められることなく彷徨うことになった。
「うそ……」
「昨日、他県のトンネル内で複数台の車両が絡む事故があって……その中にご両親の車両が含まれていたそうだ」」
隊長は資料の内容を抑揚のない声で冷静に読み上げる。
だが、彼女の心情は真逆で、ともすれば手に持った資料を破り捨てて部屋の外へ逃げ出してしまいたいほどの激情に満ちていた。
少年の身に余る理不尽な運命に対する怒りを、魔物娘と伴侶たちの幸せを守る者としての矜持によって辛うじて押さえつけている。
「ナンバーによって車両の特定はできたが、損傷が激しい上に全焼していたため遺体の確認については……いや、すまない……」
ただ、自身の内情に気を取られていた彼女は、当初は言わぬつもりであった部分までを読み上げてしまう。
ようやくに資料から視線を引きはがして正面を見たが
「うぅ……ぅっ……」
彼女の視界に少年の姿はなく、ベッドの上で丸まり微かに震える白い掛布団が見えるだった。
その下から漏れ出てくる小さな嗚咽が、喋る者のいなくなった部屋の中にはよく響いた。
「……すまない」
布団に包まったままの史郎に再度、隊長が詫びる。
それと同時にカメラの位置が高くなった。
泣き声をこらえ続ける少年に配慮してか、あるいは自身が居たたまれなくなったためか、隊長は席を立ち、部屋を出た。
映し出された廊下には一人の女性警官が立っており、
「宮笠…来ていたのか」
彼女、宮笠志保(みやかさしほ)は
「城木隊長……すみません、辛い役をおまかせしてしまって……」
呼びかけた相手、隊長こと城木千砂(しろきちさ)の姿を見るや頭を下げた。
史郎の家に突入した部隊の中で、結界の形成と転送魔法を担当していた隊員だった。
実のところ、現場で保護され、ほどなく意識を取り戻した少年から事件当初の様子の聞き取ったのも、その両親が事故で亡くなったという知らせを受けたのも彼女だった。
本来ならそのまま彼女が続く聞き取りを行い、両親の訃報を知らせるのが順当な流れなのだが…
隊長の許へ途中報告を行った際のこと。
「……この報告書では不十分だな」
報告を受けた隊長が、唐突にそう言い出した。
「…は?」
珍しい事だった。
隊長である彼女は問題点を的確に指摘して改善する性格で、不十分、などという曖昧な表現を使うことなどついぞなかったからだ。
「再度の聞き取りは私が行う。その際に両親のことも伝えておこう」
「…!」
ようやく隊長の意図するところに気付いた。
幼い少年に悲報を伝えるという辛い任を隊長自らが引き受けようとしていることに。
「…ですが、それは……」
部下の言葉を聞くよりも先に彼女は椅子から立ち上が
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