「わあああああああぁぁ!」
「5…4…」
メアリの絶叫を間近で聞きながら羽倉は、逆さまの状態で淡々と数字を読み上げている。
「ぁぁ……」
「3…2…」
絶叫が急激にしぼんで止んだ。どうやら気絶したらしいがそれを見やる余裕はない。墜落へのカウントダウンを呟きながら急激に近づいてくる地面を見据える。
「1!」
残り1秒のところで羽倉はメアリの鎧を掴み、その重みを利用して体を入れ替えた。背負い投げの要領で見事な半回転を決めた羽倉は両足で蹴りを放つように着地する。
「うぐっ!!」
ベギ!ドシャ!
降り立つと同時に枯れ木を折ったような音が響き、羽倉が呻く。
膝をついた羽倉の両足は着地の衝撃で、あらぬ方向に曲がり折れていた。
魔術を用いて痛みは制御されているが感覚自体を遮断しているわけではないため、何とも言えない嫌な感触が全身をめぐり精神を襲う。
魔力が枯渇した状態で自身と、痩身ながらも鎧を纏った女騎士の重みと衝撃を受けたのだから当然と言えよう。
一拍置いて羽倉の腕の中から落下したメアリは、案の定気絶して目をまわしてはいたが外傷は無いようだ。
「はぁ……はぁ〜……ふふっ」
メアリの状態を観察しながら呼吸を整えていた羽倉の口から、小さな笑いが漏れた。
先ほどまでは新米ながらも気強い女騎士であった彼女と、魔物であり敵である羽倉の横でのびている彼女とが同一人物であることが、なにやら可笑しく思えたからだ。
「こうして見れば世界は違えど、あどけない普通の少女か」
脂汗でべったりと頬に張り付いた栗毛を払いつつ、羽倉が白衣の胸元に右手を差し込んだ時、
ボオンッ!!
何もない空間から生まれ出た火球が羽倉を直撃し、炎が瞬く間に広がって全身を包み込んだ。
「はっ!?…えっ!」
爆発音と熱風でメアリが目覚めた時には、すでに火だるまと化した羽倉が地面に倒れ伏し、周囲に細かい火花を散らしていた。
未だに状況を把握できないでいるメアリに低い男の声がかかる。
「ご無事ですかな?メアリ殿」
声がした方向へ目を向けると、景色から滲み出るように教団魔導士が姿を現した。気遣う言葉をかけてきたものの、その口調はあからさまな嘲笑を含んでいる。
「あなたは…リルアード様」
リルアードと呼ばれた男は、メアリの暮らす国にある教団に属する高位魔術師の一人だ。メアリ自身も式典の前方に立っているのを見かけたことがある程度の人物だったが、現世で魔物娘の回収中に史郎と羽倉が出会った魔導師がこの男だった。羽倉が情報を聞き出した後に<こちら>に送り届けた際は散々な有様で帰還していったが、今は教団の高位魔術師にのみ着用が許される魔導着をキッチリと身に付け、磨き上げられた靴を鳴らしながら歩く様子は自信に満ちている。
「新兵装の試験と廃棄施設の焼却が済むまで結界を維持せよ……というのが今回の私の役目でしたが、まさかあの時の魔物が現れて騎士団期待の新人が敗北するとは思いもよりませんでしたよ」
束の間、気を失っていたメアリは彼が救援に来たのかと思ったが、話す内容と表情からしてメアリの事など既に眼中にないらしい。
誰にともなく口上を述べつつリルアードは二人に歩み寄ると、未だ炎に包まれている羽倉に向かって杖を差し向けた。
以前、現世で羽倉に破壊された杖の代わりだろう、先端にある黒い魔宝石を鋭い四本の爪が鷲掴みにするように固定した意匠の杖は、聖職者が持つと些か悪趣味に映る代物だ。
「お待ち下さい!」
羽倉に追撃を加えようとするリルアードへ向けてメアリが叫ぶように呼び掛ける。
リルアードは杖も体勢もそのままに、目線だけをメアリへ移した。
「恐れながらその魔物は人間に危害を加える類の者ではない様です……これ以上の攻撃は無用かと存じます」
鎧に宿る魔物化の能力を行使した副作用が出ているのだろう。震える身体を無理やり起こして跪き、頭を垂れる。反魔物都市の常識、教団の矜持の中で育った彼女にとって魔物は凶悪で醜悪な存在でしかなかったが、初めて直に見、言葉と刃を交えた魔物はまるで違うものだった。
人の中にも善悪があるように魔物の中にも和解できる存在がいるならば、新たな関係を結べるかもしれないと、若い彼女は素直にそう思ったのだ。
「……なるほど」
メアリの進言を聞いたリルアードは思案の後に、いかにも神妙な面持ちで頷くと掲げていた杖を下げた。
「よくわかりました」
緩慢な動作でメアリに向き直った彼は、
「ありが…ぐっ!」
了承の言葉に安堵し礼を言おうと顔を上げたメアリの頬を、振り上げた杖の先端で容赦なく強打した。
口から血を流し地面に倒れたメアリをリルアードは酷薄な表情で見下ろし、杖を再び振り上げ、躊躇なく振り下ろす。
「こともあろうに」
ゴツッ!
「神に仕えし者が」
ガッ!
「容易く魔物に」
ガゴッ
「取り込まれようとは」
ゴンッ
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